Cygames Research研究日誌 #4 ~ゲーム技術研究と国際会議~

サイマガ読者のみなさま、こんにちは。 Cygames Research所長の倉林 修一です。Cygames Researchとは、最高のコンテンツを生み出すためにサイゲームスが設立した基礎技術研究所で、この連載記事では、当研究所での研究成果や活動をご紹介しています。
前回の連載第3回では、当研究所におけるチームワークをご紹介させていただきました。今回は、そのチームワークの中から生み出された研究成果の1つである、国際会議での発表についてお話しさせていただければと思います。

国際会議での発表、という言葉だけ見ると、とても難しい内容を話しているかのように思えてしまうかもしれません。私も学生時代には、国際会議というと教授や大学院生の先輩方が行くところ、というイメージしかありませんでした。また、ゲームと国際会議というと、ちょっと距離があるように感じられるかもしれませんね。しかし、現代のゲーム開発は、他の産業と同じようにグローバル化しており、世界の最先端の技術を迅速にゲーム開発に取り入れていくことが、より良いコンテンツを生み出すために必要不可欠になっています。国際会議は、まさにそのような最先端の技術や知見を共有し、議論する場として最適なのです。

今回の研究日誌では、読者のみなさまに国際会議とはどういうところか、そして、ゲーム企業が国際会議でどのような活動をしているのか、ということをご紹介いたします。ゲーム技術がグローバルな連携と切磋琢磨の中で発展していく様子を感じていただければ幸いです。

“世界の中の自分”を
知るための場となる国際会議

ゲーム企業の研究者が何のために国際会議で発表をするのか。端的に言うと、その答えは、世界の中で自分の技術のポジションを知り、かつ、他のアプローチの優位性や問題点を知ることが目的です。孫子の「彼を知り己を知れば百戦殆からず」と同じように、最先端のフィールドでは、自分と他人のポジション(研究の現状)とディレクション(研究の方向性)を理解しておくことが、より良い研究を進める上で極めて重要なのです。

私たちCygames Researchが「最高のコンテンツ」を目指した研究に日々邁進しているように、世界中のゲーム企業の技術者や研究者も、それぞれの理想に向かって研究開発を進めています。その様子は、さながら山の頂へとさまざまな経路で挑戦していく登山家のようなものです。理想の頂上は1つでも、その頂上に向かう経路は複数あり、世界中の研究者があらゆる経路で頂上を目指しているのです。
研究者は自らの知性と信念を懸けて道を選び、頂上を目指すのですが、道によってはなだらかであったり危険であったり、あるいは半ばで途切れていたりと、千差万別です。しかも研究というのは、「今までにない知識や技術を生み出すもの」なので、地図やGPSのように頼れるものがないのです。そこで研究者は国際会議に参加し、他の研究者との侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論を通じて、自分が今どこにいるのか、ひいては、自分の選んだ研究の道筋が正しいかどうかを確認するのです。

このような議論がなければ、研究の道を見失って、独りよがりな考え方に陥ってしまうリスクもあります。研究という道無き道を正しく歩むために、他の研究者と虚心坦懐に議論して、自らの道を見出す場が、国際会議といえます。国際会議では、常にオープンにさまざまな研究を見て、議論し、自分の研究を改良していく姿勢が大切なのです。

▲サンフランシスコで開催されるGDC 2018では、Cygames Researchから“AI-Driven QA: Simulating Massively Multiplayer Behavior for Debugging Games”を発表しました

IEEE Conference on Games (CoG)で
Cygames Researchから3本の論文を発表

さて、そのような国際会議ですが、昨今の新型コロナウイルスの影響下においても、議論の場をオンラインに移して、活発に開催されています。Cygames Researchからの直近の研究成果の発表として、2020年8月末に、IEEE Conference on Games (CoG) という国際会議で、次の3本の論文を発表しました。
ディープラーニングを用いた3DCGのワールドの自動生成に関する研究成果と、スウェーデンのSkövde大学との共同研究である、ゲーム開発者を教育する手法に関する研究成果、そして、ゲームにおけるレベルデザインの日米欧比較の研究成果の発表です。発表の動画は、後日YouTubeで公開される予定と聞いていますので、興味のある方は、是非ご覧ください。

▲IEEE CoGでの発表内容から、一部を先行してご紹介します
  • Tong Wang and Shuichi Kurabayashi, “Sketch2Map: A Game Map Design Support System Allowing Quick Hand Sketch Prototyping,” In Proceedings of the 2020 IEEE Conference on Games (CoG), 4 pages, IEEE, Online.
  • Tobias Karlsson, Yukiko Sato and Shuichi Kurabayashi, “Investigating the Elusive Role of Level Design,” In Proceedings of the 2020 IEEE Conference on Games (CoG), 4 pages, IEEE, Online.
  • Yukiko Sato, Hiroki Hanaoka, Henrik Engström and Shuichi Kurabayashi, 2020, “An Education Model for Game Development by A Swedish-Japanese Industry-Academia Alliance,” In Proceedings of the 2020 IEEE Conference on Games (CoG), 8 pages, IEEE, Online.

この会議には、サイゲームス以外の会社が多数参加しており、例えば、中国のゲーム企業であるNetEase社や、Google社の研究所からも論文が発表されていました。昨今の研究の流れとして、AI研究を進められるのは、ユーザーのみなさまに近いところで製品化と研究のイテレーションを繰り返せるネット企業が強いという印象です。

ゲーム技術の研究というと、CGの研究やハードウェアの研究が多そうという印象があったかもしれませんが、IEEE CoGでは、深層学習や大規模なクラウド技術を活用した研究という、コアな計算機科学の技術を活用した研究が数多く発表されていました。また、IT University of Copenhagen(コペンハーゲンIT大学)からはゲームの難易度調整を自動化するAIの研究成果が発表されるなど、実用性と研究としての新規性を両立した優れた研究が、欧州の大学から発表されるようになってきました。欧州を中心としたさまざまな大学がゲームを重要な研究分野として捉えて、ゲーム産業で活用できるような本質的な研究にコミットするようになってきたのは注目すべき流れです。
ゲーム技術を職人技として捉えずに、科学として客観性や再現性を重視しながら追求する欧州の大学の姿勢には、大いに学ぶべきところがあると、感心した次第です。当社も日本から優れた研究成果を発表していくために、このような世界中の研究者と切磋琢磨し、連携をしていきたいと考えています。

論文の発表は
技術の体系化と普遍化を促す

国際会議で論文を発表することの意義は、議論だけではありません。論文を書いて発表するという行為自体が、技術の質を高めるのです。「最高のコンテンツを作る」というサイゲームスのミッションに、研究の力で貢献するためには、研究成果がゲーム開発の役に立つということは大前提として、再利用性(色々なゲームに使えること)や、発展性(長期間にわたって技術を磨いていけること)を持った技術を開発することが求められます。そのような、再利用性・発展性を獲得するためには、社内だけとか国内だけとかで通用する技術から脱却し、グローバルに評価される技術水準に到達することが重要です。少し硬めの表現をすると、論文を学術会議に通して発表することは、技術の体系化と普遍化を促し、技術研究への投資効果をより大きなものにするのです。

このような、実用化と体系化を両輪として、技術開発を進めることが、Cygames Researchの基本方針となっています。

これまでの連載でご紹介した通り、当研究所では研究を通じて開発した技術をゲームタイトルに導入し、さらに、その研究を発展させていくために、論文執筆や学会発表を通じて技術の体系化を進めています。このような方針は、決して珍しいものではなく、今回ご紹介したような、グローバルIT企業や海外の大学も、理論と実践を上手く連動させながら研究を進めているようです。ゲームという変化の激しい研究分野では、理論を疎かにすれば長期的な技術の発展は望めませんし、実践を疎かにしてはユーザーのみなさまに研究成果をお届けできないので、理論と実践のサイクルを回し続けることが大切なのです。このようなサイクルを日々回しながら、ユーザーのみなさまに、より良いコンテンツをお届けするための研究を進めていきます。


さて、国際会議、という普段の生活では馴染みのない活動でしたが、その一端を感じていただけましたでしょうか。あらためて国際会議で発表を行う理由や目的を端的に表現すると、「井の中の蛙にならないために、国際会議で他流試合を積み重ねる」という感じです。研究者は、研究に真摯に、そして謙虚に向き合うためにも、他の研究者と普段から議論を重ねているのです。次回は、今回あまり深掘りできなかった、スウェーデンのSkövde大学との共同研究について紹介できればと思います。まずは、「Skövde」の発音から。お楽しみに。