Cygames Research研究日誌 #13 ~タスクリスティング!リモート時代の研究マネジメント~

サイマガ読者のみなさま、こんにちは。Cygames Research所長の倉林 修一です。Cygames Researchとは、最高のコンテンツを生み出すためにサイゲームスが設立した基礎技術研究所で、この連載記事では、当研究所での研究成果や活動をご紹介しています。この研究日誌を書いている時点では、東京都と沖縄県に四度目の緊急事態宣言が発出されています。この研究日誌やサイマガのコンテンツが、読者のみなさまにコロナ禍の中で一息つけるような楽しい時間をご提供できていればと願いながら、今月も執筆いたしました。前回前々回は当研究所の若手研究者たちをご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。こんな愉快な仲間たちと一緒に研究したい、と思ってくださるみなさまからのご応募をいつでもお待ちしています!

さて、今月はコロナ禍における研究マネジメントについてお話しいたします。私たちがこの1年間で経験したことは、大規模なリモートワークスタイルへの移行でした。多くの企業がリモートワークを採用し、学校の授業もオンライン化しています。この、生活と職務のオンライン化は、私たちのコミュニケーションを会話中心から文章中心へ、リアルタイムの対話から時間差のある対話へと変えていきました。

このようなオンライン化、リモート化は、計算機科学的な視点から見ればコミュニティーという自律分散協調システムを、より非同期でより疎結合なものに変えることだと捉えることができます。リモートワークにはさまざまな課題が指摘されていますが、これは元々、同期・密結合だったコミュニティーをいかにして非同期・疎結合なコミュニティーに再デザインするかという課題が生じているのだと思います。コンピュータの世界では、密結合なシステムではメモリを自由に共有するシンプルな技術(マルチスレッド技術)が使えますが、疎結合なシステムではリモート手続き呼び出しやプロセス間通信など、より複雑な技術が必要となります。実社会においても、非同期・疎結合の環境では人間同士が効果的にコラボレーションするためには「会って話す」以上の複雑な仕組みが必要です。実空間を介して色々な情報を自由に共有できていた今までの環境から、プロトコル(通信規約)を決めて情報共有する環境への移行なのです。つまり、私たち研究者が今まで培ってきた並列処理や分散処理の知見を、リモートワークのマネジメントに適用できる可能性があるということです。

そこで、Cygames Researchではこのリモート化/オンライン化の流れの中で、新しい研究プロジェクト・マネジメント手法を開発しました。「タスクリスティング (tasklisting) 」と当研究所で呼んでいる、リモート・非同期・知的生産性向上に適したコラボレーションモデルです。今月は、このタスクスティングによるオンライン研究所マネジメントについてご紹介します。

まずはマネジメント入門

最初のパラグラフからハイブロー方向に飛ばし気味な気がしてきましたので、まずはマネジメントの入門編として、私がいつも社内で話している個人向けのマネジメントの考え方を説明させてください。未来に向けて進む者には誰しも100人の部下がいるという話です。

人間が何か大きな物事を1年ほどかけて成し遂げようとするとき、ただ闇雲に努力するだけでは上手くいきません。大きな目標を幾つかの「サブ目標」に分解し、そのサブ目標を個別に達成する「タスク」を設定する必要があります。例えば、卒業論文を書くという大目標を、1章(導入)、2章(研究手法)、3章(実装と実験)、4章(考察と結論)のサブ目標に分割して、さらに1章の第1パラグラフを書くタスク、第2パラグラフを書くタスクのように細分化することです。このときすべてのタスクを「今日の自分」が達成するのは不可能なので、必然的に大半のタスクを「未来の自分」に託すことになるでしょう。そう、この未来の自分こそが100人の部下なのです

大雑把な目安ではありますが、1つの大目標はおおよそ10のサブ目標に分解され、そのサブ目標はさらに10のタスクに細分化できます。つまり、大きな目標を叶えるための合計100個のタスクになるのです。この100個のタスクを担当する未来の自分を、それぞれ独立した1つの人格と捉えるならば、まさに100人の部下がいることになるわけです。私たちが目標に向かって進むことは、この100人の部下をマネジメントして、サブ目標を達成させ続けることに他なりません。未来の自分に適当に仕事を丸投げするのは、部下に仕事を丸投げしてサボる上司のようなものです……良くないですよね。1年間の努力の成果を最大限に発揮するためには、100人を束ねる上司として部下である未来の自分たちに適切にタスクを配分していくことが求められます。

▲図1.未来の自分へタスクを引き継ぎ

まずは未来の自分を完全に独立した他人として捉えて、彼ら/彼女らのために行動指針を考えてみましょう。100人ものチームですから、指針を与えなければ全員がバラバラになってしまいます。実際、1年後の自分が当初と全く違う指針で動いていたら、物事は上手くいかないですよね。また、100人ものチームなので適切なコミュニケーション方法を確立する必要があります。日記でも良いし、作業工程を記録しておくのでも良いし、事細かにノートを取るのも良いでしょう。デジタルでもアナログでも、過去の自分から未来の自分へ仕事を引き継ぐための仕組みを用意しましょう。また、上司はプランBを練る責任もあります。タスクのいくつかが失敗したときに備えて、代替策を用意しておきましょう。さらには、未来の自分が怪我や病気をするかもしれません。健康保険や適切な福利厚生を提供しましょう。もしかしたら、未来の自分がサボってしまうことがあるかもしれません、人間だもの。これは言ってみれば、100人のうち数人がいなくなるようなもので、急な退職ということです。退職しないように、未来の自分のモチベーションに気を配りましょう。ほら、もう完全にマネジメント業務ですね。100人全員が同時に動くことがないだけで、上司であるあなたの業務は100人の組織の長と本質的には同じなのです。人はみな、未来の自分たちの上司なのです。

そして、未来の自分たちとのコミュニケーションの軸になるのは「文章」です。自分の頭の中で考えていることは、時の流れの中で移ろいゆくもの。実際、コロナ禍以前の自分と現在の自分とでは、価値観も行動基準も変わってきているはずです。時間を隔てた自分同士が適切に連携するためには、異なる時間軸に存在する自分たちを非同期・疎結合の関係として捉える方が適切です。価値観も考え方も違う他人(=未来の自分)に今の自分の考えを伝えるには、しっかりとした文章が最適です。そして、この「しっかりとした文章」とは、情報をもれなく、かつ、重複なく含んだ簡潔で完全な文書でなければなりません。これを、MECE (Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive、相互に重複がなく、全体として漏れがない) な文章と呼びます。ちなみに、MECEは世間一般ではミーシーと発音しますが、このMECEという言葉を発明したバーバラ・ミントさんは、公式には「ミース」と発音しています(参考リンク)。MECEな文章があれば、未来のいつの時点でも、どのような状況でも、過去の経緯を把握して適切な情報の引き継ぎができるようになるのです。MECEな文章ですべてのタスクを列挙することを、当研究所では「タスクリスティング」と呼ぶこととしました。次は、このタスクリスティングを「未来の100人の部下」から「現在の組織の部下」に応用してみましょう。

タスクリスティングは非同期・疎結合時代のマネジメント

組織向けのタスクリスティングでは、研究所(チーム)全体がこれから成すべき事柄を “タスク” という直ちに実行可能な細かい単位で徹底的に文章化します。ただリストと言っても、よくあるメモ書き的なTODOリストとは大きく異なり、各タスクは完全な業務仕様書として成立するだけの情報量を含み、1つのタスクの定義は1,000〜2,000文字程度、400字詰め原稿用紙にして2枚半から5枚ほどの分量があります。研究所全体では、1年間で合計231タスク、文字数にして12万5千文字(原稿用紙で約310枚分、文庫本1冊分程度)のタスクリストを書き出します。このタスクリストの執筆が研究所所長の大切な業務です。図2に実際のタスクリストを載せてみました。かなりの密度で文章が書かれていることがわかると思います。

▲図2.実際のタスクリストを大公開!当研究所のタスクリストは極めて緻密に物事・仕様を定義しています

タスクリストは、どのメンバーが(Who)、いつ(When)、何を(What)実行するかという未来の状況を詳細に定義しているため、メンバー間でコミュニケーションをせずとも、タスクリストを参照するだけで同僚の仕事を把握することができます。もちろん、研究には不確実性がつきものであり、タスクリストは研究の進捗に応じて適宜修正されていく生きたドキュメントになっています。

読者のみなさまの中には、このように仕事が詳細に定義されている状況に、少し息苦しい印象をお持ちになる方がいらっしゃるかもしれませんね。しかしながら、タスクリストに記述された仕様を守るおかげで、一人ひとりの時間の使い方や仕事の進め方を個人が自由に決めても良くなるのです。スタッフ同士の繋がりが緩やかなまま、密度の高いコラボレーションが可能になるのです。

まとめるとタスクリストは(1)今、同僚が何をしているのか、(2)今後、同僚が何をするのか、(3)過去に、同僚が何をしてきたのか、のすべてをMECEな文書で共有する仕組みなのです。これによりスタッフ同士の擦り合わせや調整作業は最小化され、全員が自分の時間配分で仕事を進められる非同期リモートワークを実現できました。また、研究に関するほぼすべての情報がタスクリストとタスク毎の報告書にまとまっていますので、人間同士がリアルタイムで会話をするのは、週にたった一度の全体会議だけで済む、疎結合のリモートワークも実現できました。これが当研究所の自由度の高さを担保する仕組みなのです。

研究においては自由なアイディアと自由な試行錯誤が必要不可欠ですが、各員がリモートワークの状況で自由に行動すると、誰が何をしているか不明瞭な状況になりがちです。これを “見えない不安” などと呼びますが、この見えない不安を解消する方法は、ビデオ会議を繋ぎっぱなしにすることや雑談タイムを設けることではなく、「過去・現在・未来を文章で緻密に定義すること」だと私は考えています。文章化のハードルはもちろん、文章化された未来を達成するハードルも高いのですが、その分、各スタッフの時間配分やペース配分の自由度が高まります。また、タスクリストがあれば分散したスタッフ同士が同じ情報を受け取れる上、何度も読み返すことができます。口頭での会話の機会をオンラインビデオ会議で増やすのは限界がありますが、「何度も文章をリバイズ(修正)してわかりやすくする努力」や、「何度も文章を読み返して理解する努力」は、非同期・疎結合の状況でも極めて有効に機能するのです。

やってみないとわからないことを最小化するのが科学の力

とはいえ、「未来に実現すべき仕様を文庫本1冊もの量で書き上げるのは無理なんじゃない?」と思われるでしょうね。確かに大変ではありますが、不可能ではありません。私たちが未来を見通すことを助けてくれるツールがあるのです。それこそが、科学です。私たちの分野で言えば、計算機科学です。科学とは、森羅万象から再現可能な法則性を見出す営みであり、その法則の力は我々人類に未来を見通す力を与えてくれます。やってみないとわからないという試行錯誤だけを頼りにするのではなく、「理論上必ずこうなる」という科学の力でぼんやりとした未来に輪郭を与え、必要最小限の試行錯誤のみで前に進めるようにタスクリストを書いていきます。まさに「科学という巨人の肩に乗って」未来を見通していくことが重要なのです。

しかし、この巨人はタダでは肩に乗せてくれず、継続的な知識のインプットが求められます。タスクリストの執筆を担当している私を例にすると、毎日数本の論文を読み続ける生活を20年以上続けてきたので、なんとか巨人の肩に乗せてもらえているという状況です。少しの量のインプットでも良いので、どんな状況でも例外なく毎日継続することが大切だと考えています。また、アウトプットも継続しましょう。最初は満足できるタスクリストが書けずとも、継続しているうちに必ず精度が上がってきます。みなさまもぜひタスクリスティングに挑戦してみてください。


研究マネジメントは、本質的に不確実な未来との戦いです。研究は成功することもあれば、失敗することもあります。より成功する可能性が高くなるように研究の方向性を決め、各種のサポートをすることがマネジメントの要諦です。さらに、リモートワークの状況下では非同期・疎結合の状況で未来を見通す科学の力が有益です。タスクリスティングは、研究の不確実性との戦いを、分散した研究員が力を合わせて遂行できるようにするテクニックと言えます。タスクリスティングは個人からでも小さく始めることができます。まずは自分が目指すべき未来を文章化し、その未来へ向かう道を詳細に定義してみてください。必ず未来の自分という有能な部下たちが、あなたを助けてくれるはずです。

実は、この後に「リモートワーク中の会議の進め方:会議とは時間内に結論を出し切るeスポーツである」というトピックも研究日誌に加えたかったのですが、そろそろ紙幅が尽きてまいりました。次回は、リモートワーク中でも必ず会議で結論を出す方法をご紹介したいと思います。お楽しみに。