サイマガ読者のみなさま、こんにちは。 Cygames Research所長の倉林 修一です。Cygames Researchとは、最高のコンテンツを生み出すためにサイゲームスが設立した基礎技術研究所で、この連載記事では、当研究所での研究成果や活動をご紹介しています。
前回の連載第6回では、当研究所におけるAI研究とその実用化の最前線をご紹介させていただきました。数千のテストプレイAIがクラウド上で自動的にアプリをデバッグし、その結果をリモートワーク中のエンジニアが毎日受け取るという、未来のゲーム開発環境を実感していただけたでしょうか。

AIやクラウドを活用した産業生産性の向上が我が国にとって喫緊の課題となっていることは、読者のみなさまもご存知のことと思います。特に昨今は、AI・クラウドを特別扱いして「活用する」というイメージよりも、人々が職場や日常生活の中で意識せずともAI・クラウドに助けられていくという、テクノロジーが日常に「浸透」するイメージが重要になってきています。読者のみなさまがスマートフォンを使うときに、「よーし、スマホを使うぞー」みたいな気合いを入れることは少なくて、日常の自然な行動としてスマートフォンをお使いになると思います。いつも自然にスマートフォンを使っているように、意識せずとも使えるデジタル技術こそが未来の世界を変革していく鍵となるのです。この浸透するデジタル技術のことを、最近はデジタル・トランスフォーメーション(DX)と呼んでいます。

「デジタル・トランスフォーメーションを基軸にしたソサイエティ5.0を実現するためのグローバルスタンダードに沿ったソリューションにより、御社のビジネスバリュー向上にコミットします」などと表現すると、意識の高さと実力の高さが釣り合っていないセリフに聞こえてしまいますが、端的に言うと、DXとはデジタル技術を事業や生活の細部まで浸透させ、デジタル技術を自然に使いこなせる職場環境や生活環境を実現することを意味しています。いつでもどこでも誰でも誰とでも自然に使えるデジタル技術こそが、DX技術だと思っていただければ、直感的にDXの位置付けを把握できるのではないでしょうか。
産業革命以降の文明を牽引した重化学工業の技術は、「高温高圧の技術」すなわち極めて高い温度と圧力で機能する技術であり、工場という特殊な環境でしか使うことができませんでした。しかし、現代のデジタル技術は「常温常圧の技術」すなわち、私たちが住む日常の温度と圧力で使用可能な技術であるが故に、日常生活や学校や職場へ急速に、そして深く浸透していきます。DXはデジタル技術がもたらすある種の文明の転換点と言えるかもしれません。日本政府も、このDXやDXを活用したイノベーションの創出を重要な政策課題として捉えて、さまざまな調査・ヒアリングを実施しています。
昨年は、当社の研究所の運営方法がイノベーションを加速する仕組みとして注目され、内閣府から講演のご依頼をいただき、内閣府の中央合同庁舎8号館という場所で下記のようなプレゼンテーションを行いました。今回は、この発表内容についてご紹介させていただければと思います。

  • 内閣府 イノベーション人材の流動化に係る要員調査 ヒアリング(令和元年12月9日, 中央合同庁舎8号館), 「継続的イノベーションのためのResearch as a Service (RaaS)型研究組織」, 株式会社Cygames技術顧問/Cygames Research所長 倉林 修一, 報告書: 令和元年度 「イノベーション人材の流動化に係る要因調査」 報告書, 令和2年3月 内閣府 政策統括官(科学技術・イノベーション担当)発行, https://www8.cao.go.jp/cstp/package/jinzairyudo/index.html
▲内閣府外観(講演の様子を撮影できればよかったのですが、流石に内部の撮影は禁止されていたので、外観だけを撮影してきました)

なぜサイゲームスが内閣府に呼ばれたのか

「なぜゲーム会社が内閣府に呼ばれるの?」と感じられた方もいらっしゃるかもしれませんね。実際に呼ばれた私も思いました。その背景について少しご説明しましょう。
読者のみなさまにもご存知の方はたくさんいらっしゃると思いますが、ゲームは我が国を代表する文化の1つであるとともに、日本から世界に向けて輸出しているソフトウェア/コンテンツとして、屈指の貿易額を誇る重要な分野になっているのです。特に、IT分野では、超巨大IT企業GAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)を擁するアメリカが圧倒的に強く、私たちが日常的に使っているソフトウェアやWebサービスのほとんどは、アメリカで開発・運用されています。そのような状況の中、日本で作られたソフトウェアが世界中で広く使われ、しかも人気を得ているという例はゲーム以外にはなかなか見られません。ゲームこそが日本から世界に向けて発信できるソフトウェア/コンテンツの代表と言っても過言ではないのです。そのゲーム分野においても、2000年以降は海外ゲームの進化が目覚ましく、私たちゲーム開発者は日々世界中のライバルたちと切磋琢磨しています。その激しい競争の中で生み出された技術や技術そのものを生み出す仕組み、すなわち、DXとDXによるイノベーションをぜひ他の産業に向けて共有してほしい、というご依頼をいただきましたので僭越ながら私が講演申し上げた次第です。

内閣府で話してきたこと
「Research as a Service」

内閣府では「中央合同庁舎8号館8階 特別中会議室」という場所で会議が開かれたのですが、まさに政府の中枢という感じの重厚な円卓があり、そこで各界の有識者の方々と官僚のみなさまを前に講演申し上げました。内閣官房からは、イノベーション総括官の方、内閣府からは大臣官房審議官や政策統括官の方々がご出席で、若手の官僚の方もたくさんお見えになっていました。後半は、立ち見の方もいらっしゃったように記憶しています。真面目な意見交換会ではありましたが、堅苦しいものではなく、この日本のイノベーションをさらに良くしたい、という官僚の皆様の熱意と意気込みを感じるものでした。

この講演では、当研究所の運営指針である「Research as a Service (RaaS)」という考え方と、それに基づく研究成果についてお話しさせていただきました。RaaSとは、ゲーム開発の現場が新しい技術や知見を必要とするときに、その需要に応えうる研究成果を迅速に生み出せるような研究スピードに重きを置いた研究所の運営方法です。Cygames Researchを運営していく中で生み出した独自の方法で、まだ完全に洗練されてはいませんが、当研究所のアウトプットスピードを支える基本思想になっています。RaaS以前の方法として、従来の研究所モデルは5か年くらいの研究ロードマップを策定し、そのロードマップに基づいてさまざまな基礎研究を行なっていくという、重厚長大なプロジェクトとして研究を進める傾向にありました。この技術ロードマップ方式は、重化学工業のように広範囲な技術領域を必要とする分野でのイノベーションには適していますが、ソフトウェアを中核とする情報産業のイノベーションに適用するには小回りが効かないというデメリットもありました。そこで、RaaSでは、遠大な研究計画や技術ロードマップを策定するのではなく、基礎研究と実用化の相互作用を促進する仕組み作り、組織作りにフォーカスすることにしました。その具体的な方法の一つが、RaaS型の研究チームです。当社では、博士号を保有するリサーチャー1名以上と、現場経験を有するエンジニア2名以上のハイブリッド構成のユニットを基礎単位として、研究・実用化チームを編成しています(図1)。

▲図1.Research as a Service型研究所におけるチームワーク

このハイブリッド構成のユニットでは、基礎研究のイテレーション(試行錯誤のこと)と、実用化のイテレーションを並行して回すことができ、ゲーム開発の現場と密に連携した研究をスムースに行うことができるようになります。また、一人ひとりの研究者が持つべきスキルセットを、①論文を書く力、②ソフトウェアを実装する力、③特許を出願し獲得する力 の3つと定めて、この3つの基本スキルを磨き続けるように指導しています(図2)。このチーム構成とスキルセットを徹底することにより、エンジニアとリサーチャーとの密接なイテレーションの中で研究を実用化し、実用と基礎研究を自らの手で循環させることができるようになるのです。これからの時代の研究所は、ロードマップという直線的な技術の進化ではなく、実用と基礎研究の高速なイテレーション、すなわち、ループの中で技術を進化させていくべきである、というお話を内閣府での講演の中でさせていただきました。

▲図2. Cygames Researchにおける研究者の基本3スキル

研究は重要な手段であるが目的ではない

さらに、RaaS型研究所の重要なポイントとして「研究は、強力な手段ではあるが、目的ではない」という意識を徹底することも強調しました。それぞれの企業や組織によって最終的な目的は異なるものですが、例えば当研究の最終的な目的は、最高のコンテンツを社会に提供することです。研究はそのための手段であり、私たち研究者とは、その「研究という手段」を、誇りを持ってゲーム開発の現場に提供していく人材なのです。このような目的意識を研究に携わる全てのアクターが共有していると、研究組織の機動性を目覚ましく向上させることができます。
例えば、研究分野が異なる研究者同士がコラボレーションするとき、それぞれの分野に固執していては、なかなか連携が上手くいきません。しかし、「最高のコンテンツを社会に提供する」という1つの同じ目的を共有してさえいれば、どんなに距離のある異分野でも連携するきっかけを作り出せるのです。世の中の研究組織の中で、決して少なくない数の組織が研究至上主義に陥りがちです。それでは、真の価値を社会にお届けすることが難しいと私は思っています。
私たちは、研究のために研究しているのではなく、最高のコンテンツのために研究をしています。この意識が、ゲーム開発という多様な職種の専門家達が連携する環境の中で、優れた研究を実行可能にしているのではないでしょうか。そして、このような目的意識を涵養するために、当研究所の研修では、図3に示すように「できること」と「やるべきこと」がオーバーラップした領域こそが、価値ある仕事であり、さまざまな職種の仲間との対話を通じて「やるべきこと」を見出し、そこに全力投球しようというお話をしています。内閣府の講演においても、このマインドセット形成の重要性もご説明しました。

▲図 3.「できること」と「やるべきこと」がオーバーラップした領域こそが、価値ある仕事

さて、今回はゲーム企業として、研究所の運営方法を内閣府でお話ししてきたというご報告でした。ゲーム企業における研究開発は、他の分野のみなさまからご覧いただいても、興味深いものがあるということを実感していただければ幸いです。次回はCygames Researchで活躍する多様なスタッフ、特に外国人や女性スタッフにフォーカスしたお話をしたいと思います。お楽しみに。