Cygames Research研究日誌 #8 ~ゲームで学ぶ多様性の力~
サイマガ読者のみなさま、こんにちは。Cygames Research所長の倉林 修一です。Cygames Researchとは、最高のコンテンツを生み出すためにサイゲームスが設立した基礎技術研究所で、この連載記事では、当研究所での研究成果や活動をご紹介しています。
前回の連載第7回は、当研究所の運営方法を内閣府でお話ししてきましたというご報告でした。研究スピードに重きを置いた研究所の運営方法であるRaaS(Research as a Service)が、必要なときに必要な研究成果を生み出していく様子を実感いただけたでしょうか。前回は、ゲーム企業のオウンドメディアだと思えないほど堅い話になってしまいましたので、今回はなるべくライトにご覧いただける内容にしたいと思います。
さて、私は「人生に必要なことはだいたいゲームで学んだ」と思っているのですが、RPGやシミュレーションRPGからは、多様性の大切さを学びました。多くのゲームではキャラクターに職業(ジョブやクラスなど)が与えられていて、近接戦闘には強いけど魔法に弱い戦士や、遠距離物理攻撃を得意とする弓使い、物理的には最弱でも強力な攻撃魔法を使う黒魔道士、回復魔法を使う白魔道士など、多様な職種からパーティーを構成することが鍵となっています。戦士オンリーのパーティーでは遠距離攻撃の格好の餌食になってしまいますし、白魔道士オンリーのパーティーでは相手にダメージを与えることができません。ゲームでは多様な能力を連携させることがミッション達成の鍵なのです。
この、多様性が力になるという法則は現実でも同様で、プロとして何かの仕事を成し遂げるためには、必ず他のプロたちとの連携やチームワークが必要不可欠です。といっても、これからするお話は「チームワークが重要」というような、おじさんの説教のような話ではないのでご安心ください。今回注目するのはそのチームを構成する「多様性」です。
多様性はチームの力の源泉
多様性、今流行りの英単語にすると「ダイバーシティー」という考え方は古くからあり、1960年代のアメリカにて、男女間や人種間の雇用機会均等化を目的とした運動から始まりました。その後1990年代以降に、多様性を持ったチームを活用するアメリカのICT産業が世界を席巻していく中で、多様性がチームの競争力の源泉の1つとして認識されるまでに至りました。また、多様性がもたらすメリットを享受しながら、そのデメリットを減少させるという「ダイバーシティ・マネジメント」の考え方も企業経営の分野でよく知られるようになってきました。
もちろん、北米のICT企業の成果は多様性のみで実現できたものではありませんが、急激に変化する世界の中で高度なチームワークを達成するためには、多様性を持ったチームが極めて有利だと実証的に示されたことは間違いありません。そう、RPGやシミュレーションRPGで、パーティーメンバーを多様な種族や職業で構成することが必要不可欠であるのと同じように。
研究所における多様性
読者のみなさまもご存知のように、研究において最も重要なことは、新しいことにチャレンジすることです。チャレンジなくして進歩は得られません。また、世界は常に変化しており、この変化、すなわち、チェンジに対応するための知識や技術を生み出すことも研究の役割の1つです。世界のチェンジへの対応と、自ら世界を変化させるチャレンジの二重奏こそが、研究なのです。
といっても、同質性の高い組織では、なかなか世界のチェンジを取り込むことが難しいという課題があります。世界の動きを知識として持っていることと、その変化の暴風雨の中に自分の身を晒すのは、大きな違いがあるのです。研究者は、世界の変化と毎日接する環境にいることが望ましいですね。 そこで、Cygames Researchでは多様性を重視しながら人材を登用しています。実際に所属するメンバーは、日本で生まれ育った方が75%で、外国籍や帰国子女の方は25%と、日本文化オンリーの職場環境にしないように気を付けています。
また、国内大学の出身者は66%で、海外大学の出身者34%と、海外大学出身者の割合は高めになっています。研究員の研究分野は、計算機科学の分野が最大人数ですが、理論物理学などのハードサイエンス分野の研究員や、教育科学や社会科学などの比較的文系に近い分野の研究員も在籍しています。そのような多様なバックグラウンドを持つ研究者やエンジニアが、チームを組んで仕事をしているのです。
一方で、まだ課題として考えていることが男女比率で、男性が77%、女性が23%という現状です。今後さらに女性の登用を進めていき、あらゆる人材の力を結集した研究組織にしていきたいと考えています。
文系研究者も所属しているということを目にすると、技術研究に文系も必要なのかな?という印象をお持ちになったかもしれませんね。ユーザーインターフェイスのユーザビリティー評価や、自然言語処理の研究では人文系の知見やスキルが有効であるため、理系・文系が協力し合って研究を進めることが重要なのです。
実際に、当研究所で開発したバーチャルパッドのKineticsでは、ユーザビリティー評価を文系の研究者が担当しています。また、ゲームを文化として捉える研究分野であるゲームスタディーズの研究者が、自然言語処理技術や統計技術を活用して、定量的にゲーム関連の文書を分析する研究にも取り組んでいます。ゲームは、技術を使って実装されますが、実際にゲームを遊んでくださるユーザーのみなさまは人間ですので、技術に注目する理系分野と、人間に注目する文系分野の両方が大切なのです。
当研究所の文系研究者は、統計や機械学習モデルというエビデンス/技術を使ってゲームを遊ぶ人間の深層を明らかにするという姿勢で、日々の研究を進めています。また、理系の研究者もユーザビリティー試験の結果に真摯に耳を傾け、技術を改善する姿勢を持っています。このような、異分野連携型の研究も、多様性の一環です。
多様性のデメリットとその克服
異なる背景を持ったスタッフが協力し合うことは、大きなアドバンテージを組織にもたらしますが、一方で、コミュニケーションの問題や価値観の対立を引き起こすリスクと無縁ではありません。極端に言えば、多様性があるチームとは、話が通じないかもしれないし、価値観も一致しないかもしれない人々と、毎日一緒に仕事をするということなのです。
逆に多様性が低い状態、すなわち出自の似た人々が集まった同質な状況では、阿吽の呼吸でコミュニケーションできますから、物事がスムースに進み、なおかつ、価値観も共有しやすいので、意思決定も高速に進みます。古き良き、阿吽の呼吸でツーカーの時代というやつですね。このような同質性が高い環境は、職場として極めて快適なので、誰もがそこに回帰したくなる誘惑に駆られてしまいます。それでも私は、多様な価値観とスキルの連携こそが次世代の研究分野を切り開く鍵であり、デメリットを乗り越えて多様性を高めていく必要があると考えています。
では、このデメリットを乗り越える秘訣は何でしょうか。人生に必要なことはだいたいゲームで学んだ、という今回のテーマどおり、その秘訣はゲームが教えてくれました。戦士と魔導士と盗賊と騎士が同じパーティーにいて喧嘩にならない理由は、そこに、世界を救うという壮大なビジョンがあるからです。そして、パーティーの冒険を物心両面で支える村人や王国や教会やギルドがあるからです。つまりは、ビジョンとロジスティックスです。
サイゲームスでは「最高のコンテンツを作る会社」を企業理念としており、研究所では、その理念の実現に研究という手段で貢献するために、「最高のコンテンツに必要なすべての技術と知識を創造する」というビジョンを持っています。
このビジョンを研究所の全員が共有しているため、価値観の対立やコミュニケーションの破綻を防ぐことができているのです。また、研究が円滑に進められるように物品の手配・管理、渉外業務を担う研究管理職員の育成にも力を入れています。RPGでいうところの村人・王国・教会・ギルドスタッフにあたる方々ですね。研究を進めるためには単に技術力だけ、論文力だけあれば良いというものではありません。予算を管理し、計画通りに機材を調達し、多様なバックグラウンドを持つ新入社員を受け入れ、社内外との綿密な調整を行う必要があります。そのために、全てのアナウンスを日本語・英語の両方で行うことや、Slack/Google Workspace/Zoomを縦横無尽に活用した、フルデジタルのコミュニケーションを進めています。これらの高度な管理業務を担うスタッフがいるからこそ、すべてのリサーチャーとエンジニアが、ビジョンの実現に集中できるのです。
さて、今回はCygames Researchにおける、多様性の力のお話をさせていただきました。外国人や女性を含む、さまざまなバックグラウンドのスタッフが、最高のコンテンツを作るために必要な、最先端の技術と知識を創造し続けている様子を感じていただけたでしょうか。次回は、この多様性が生み出した研究事例紹介として、次世代バーチャルパッドのKineticsの技術を詳細にご紹介したいと思います。お楽しみに。