Cygames Research研究日誌 #12 ~実用化と研究のイテレーションを担う研究員の紹介 後編~

サイマガ読者のみなさま、こんにちは。Cygames Research所長の倉林 修一です。Cygames Researchとは、最高のコンテンツを生み出すためにサイゲームスが設立した基礎技術研究所で、この連載記事では、当研究所での研究成果や活動をご紹介しています。前回の連載第11回では当研究所の若手研究者3名をご紹介しました。当研究所の博士課程学生向けの長期インターンシップ・プログラムについても簡単に触れましたが、おかげさまで記事公開以降、このインターンシップ・プログラムに参加したいという学生の方からご連絡いただき、ありがたい限りです。博士課程学生向け長期インターンシップ(有給)は今後も募集を継続していきますので、興味のある方はぜひご検討くださいませ。現在はコロナ禍のために一時的に中止している海外大学からのインターンシップ受け入れや共同研究も今後は積極的に進めてまいりますので、こちらも併せてご検討ください。さて、今回は前回ご紹介しきれなかった2名の研究者をご紹介いたします!

アイトラッキングによるゲームのユーザビリティー評価手法の研究

ユーザーのみなさまにコンテンツを楽しんでいただくにあたって、コンテンツの「ユーザビリティー」は極めて重要な要素です。「ユーザビリティー」という言葉そのものは定義が幅広く、学会でも厳密に定義されていないのですが、ここでは「プレイヤーのみなさまが快適にゲームをプレイできること」をユーザビリティーが高い状態と定義し、ユーザビリティーを何らかの定量的な手法で計測することをユーザビリティー評価と呼びたいと思います。スマートフォン用ゲームでは、画面上に表示されたボタンやキャラクターをタップして操作するため、従来のゲームパッド操作やマウス操作以上に優れたユーザビリティーがゲームの面白さに直結します。

そこで、当研究所の研究員であるスプリチャル 仁 マイケル(Jin Michael Splichal)は、スマートフォン用ゲームのユーザビリティーを定量的に評価する手法の研究に取り組んでいます。本研究の鍵となるのが「アイトラッカー(eye tracker)」と呼ばれる図1の機械で、この特殊な眼鏡をかけた人の視線の動きを高精度に取得することができます。昔のアイトラッカーはまるでヘルメットのような大きさだったのですが、最近は眼鏡と大差ないサイズにまで小型化し、気軽に視線の動きを取得できるようになりました。

さらに、このアイトラッカーには小型のビデオカメラが搭載されており、図2のように実際の視野の映像とその映像の中での視線を重ね合わせて可視化することができるのです。

▲図1.当研究所では、アイトラッカーとしてスウェーデンに本社があるTobii Pro AB社製の最新バージョンである “Tobii Pro Glasses 3” を使用
▲図2.アイトラッカーによるスマートフォン上の視線移動データの例(より多く見られた箇所を赤く示したヒートマップとして可視化)

当研究所ではスマートフォンのスクリーンへのタッチ位置の情報を組み合わせ、①タッチイベント、②タッチイベントが発生したときの視線の位置、③タッチイベントと視線位置の時系列的な変化、の3つを統合的に分析することにより、ユーザーが最も快適に使用できるユーザーインターフェイスの配置や表示タイミングを導き出す手法の開発を進めています。従来、アイトラッカーは小売業における商品レイアウトの分析など、「動かない対象物」への視線誘導効果を測定することに適していましたが、当社ではゲームアプリ内のデータと視線データの紐付けを行うことにより、スマートフォン画面という常に内容が変化するサーフェス上での効果的なユーザビリティー測定を可能にしています。

さらに、さまざまなジャンルのゲームのユーザビリティー評価を目標として、Human Computer Interaction (HCI) と呼ばれる学問分野で培われてきた、数多くのユーザビリティー評価指標を参考にしながら、スマートフォンゲームのユーザビリティーを定量的に算出する手法を探究しています。より快適なゲームプレイ体験をユーザーのみなさまにお届けするべく研究開発を継続していますので、ご期待ください。

スプリチャル 仁 マイケル(Jin Michael Splichal)
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アイトラッキングシステムによるユーザビリティー評価の研究を担当するスプリチャル 仁 マイケルは、フィンランドの名門であるヘルシンキ大学の博士課程に所属しながら、2021年にフルタイムのリサーチャーとしてCygames Researchに入所しました。入所直後から、当社独自のゲームパッドシステムである Kinetics のユーザビリティー評価の研究に取り組み、さらに汎用的で高精度な、コンテンツとそこへの視線を考慮したユーザビリティー評価(Content-Gaze Integrated Usability Study)を目指して、理論と実装のイテレーションを実践しています。入所後半年の間にA4で50ページを超える実験計画書を書き上げ、現在は実験システムの実装と並行して論文を鋭意執筆中です。

ゲーム開発技術の教育方法の研究

最後にご紹介するのはゲーム開発技術の教育方法に関する研究です。Cygames Researchは技術研究だけでなく、ゲームを開発するための技術を世界中の大学に広める手法の研究も行なっています。学術的な分野としては「教育工学」と呼ばれる分野です。研究日誌の第5回でもご紹介しましたが、Cygames Researchが培ってきた自然言語処理技術や定量的な評価手法を、海外大学から受け入れたインターンシップ学生へのゲーム技術の教育に応用し、チームワークを向上させるコミュニケーションを探究しています。

従来のゲーム技術教育は、ゲームを題材としてプログラミング教育を行う手法や、市販のゲームエンジンの使い方にフォーカスした実践的教育など、スキルやノウハウを伝達することにフォーカスしていました。しかしながら、ゲーム開発とは多人数が長期間にわたって協力し合うプロセスであるため、人と人とのチームワークとコミュニケーションが重要な分野です。特に、コロナ禍に伴うリモートワークの普及や、グローバルなオンラインコミュニケーションの必要性を前提とすると、「チャット等の非同期コミュニケーションを基軸としながら、スタッフが成長して技術を習得していけるコラボレーション手法」の確立こそが次の時代の人材育成に必要不可欠と言えるでしょう。

そこで、当研究所の研究員である佐藤 友紀子は、ゲーム開発時のコミュニケーションに内在する、暗黙的な(隠れた)教育効果を計量可能にするための教育手法の研究に取り組んでいます。この手法では、1つのゲームを開発するという課題を与えられたチームがビデオ会議や社内チャットで会話をしながら開発を進めるときに、チャットで使われた言葉の頻度・傾向について自然言語処理技術を用いて分析することで、個人とチームのそれぞれの成長を可視化できるようにしました(図3)。これにより、さまざまな国から集まったプロフェッショナル同士がサイゲームスの文化を共有し、相互に信頼関係を構築するためにはどのような言葉でどのようにコミュニケーションをとれば良いのかを明らかにしつつあるのです。

▲図3.チーム内コミュニケーション傾向の可視化例(スウェーデンのシェブデ大学との共同研究)

例えば、開発初期のチャット文章では対人関係の不安を感じさせる言葉や、ゲームの方向性の議論に関する言葉が中心となっていたものの、開発が進むにつれて徐々に具体的かつ確信に満ちた表現が使われるようになる、というような分析を行うことができました。また、技術教育を担当するインストラクターがアドバイスを与えたときに、チーム内のコミュニケーションがどのように変化するのかも把握できるようになりました。インストラクターは、この可視化結果を見ながらチームの成長度合いに合わせたアドバイスや課題を与えていくことができるのです。これは、チームワークの成長を部分的にでも計量可能にしたという点で、計量教育工学という新しい分野を切り開く重要な第一歩になったのではないかと考えています。なお、この研究成果はスウェーデンのシェブデ大学(University of Skövde)との共著論文として公開しています。

● Yukiko Sato, Hiroki Hanaoka, Henrik Engström and Shuichi Kurabayashi, 2020, “An Education Model for Game Development by A Swedish-Japanese Industry-Academia Alliance,” In Proceedings of the 2020 IEEE Conference on Games (CoG), 8 pages, IEEE, Online. (Presentation Video).

佐藤 友紀子(さとう・ゆきこ)
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ゲーム開発技術の教育方法に関する研究を担当する佐藤 友紀子は、慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科の特任講師と、Cygames Research のリサーチャーを兼務しています。慶應義塾大学大学院とドイツのマルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルクでのダブルディグリープログラム(2つの修士号を取得するプログラム)を修了した後に、慶應義塾大学で博士号を取得しました。日本語、英語、ドイツ語に堪能で、国際調査研究や教育工学研究に取り組んでいます。人文系の質的調査方法と、計算機科学や人工知能を活用した量的調査方法を組み合わせ、今まで計量できなかった要素を計量可能にしていく研究を得意とし、国際会議で論文賞の受賞経験もあります。当社にて海外大学からのインターンシップ学生受け入れの中核を担っており、グローバルに研究を進めています。

Cygames Researchでは、多様なバックグラウンドを持つ研究者がそれぞれの分野をリードするべく日々研究に取り組んでいます。また、今回ご紹介した2人ともスウェーデンの企業や大学と連携しており、国際的なコラボレーションの中で研究を進めています。研究スタイルの自由度も高く、クラウドを活用して大規模データの機械学習を行う者や、調査研究のために膨大な量の文献を読み込むスタイルの者もいます。このように研究スタイルは多様ですが、全員が「最高のコンテンツ」に貢献するための技術研究をしている点では変わりありません。研究員同士の関係はフラットで、全員が毎週金曜日のCygames Research Weekly Conferenceという会議で研究成果を発表し、お互いにフィードバックを返しながら研究を進めています。会議の中では、優れた研究成果は絶賛されますが、あまりよろしくない研究には厳しい指摘が入ることもしばしばです。全ての研究員が高い自由度と高いハードルという2つの高さの中で切磋琢磨しています。

この高い自由度と高いハードルという環境をリモートワークの中で実現する上で、当研究所では「タスクリスト駆動」という研究マネジメント手法を採用しています。「タスクリスト」とは、一種の業務定義書であり、研究を細かいタスク単位に分割し、それぞれを厳密な文書として作成することにより、非同期・リモートのコミュニケーションでも円滑にコラボレーションができるようになるというものです。今月でリモートワークを開始して約1年と3か月になりますが、現在のタスクリストの文字数は累計で12万文字(≒原稿用紙300枚分、文庫本一冊分)に到達していました。次回の研究日誌では、モノゴトを文書で正確に記述していくことの大切さと、研究タスク管理への応用としての「タスクリスト駆動研究」をご紹介いたします。