サイマガ読者のみなさま、はじめまして。Cygames Research所長の倉林 修一です。
サイゲームスは、最高のコンテンツ作りを技術面から実現するために、2016年から基礎技術研究所であるCygames Researchを運営しています。ゲームコンテンツと異なり、研究所の内部はみなさまにご覧いただく機会がなかなかありません。そこで、これからサイマガの誌面を借りて、研究日誌と題して、サイゲームスやゲーム業界における技術研究のあり方や、これからゲームに活用されていく最新技術について、ご紹介させていただくことにしました。技術に興味のある方にも、ゲームに興味のある方にも、面白いと思っていただける内容にしたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。

技術顧問 / Cygames Research所長倉林 修一
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2007年、慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 博士課程修了。博士(政策・メディア)。2010年より慶應義塾大学 環境情報学部 専任講師として計算機科学分野の研究・教育に従事。2015年より株式会社Cygames技術顧問。2016年より慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科特任准教授を兼任。2016年、Cygames Research設立に伴い所長に就任。2020年、東京理科大学 理工学部 客員准教授 を兼任。専門はデータベースエンジン技術、コンテナ型仮想化技術、モバイルUI技術。

Cygames Research=世界の頂に到達することを使命とする科学者集団

Cygames Researchの使命はシンプルで、「最高のコンテンツに必要なすべての技術と知識を創造し、Cygamesがテクノロジー・リーダーとしてデジタル・エンターテイメント分野を先導する」というものです。サイゲームスが目指す「最高のコンテンツ」を開発するためには、必然的に最高の技術、それもゲームに適した最高の技術が必要になります。当研究所は、ゲームのための最高の技術を生み出すという使命に共感する、研究者と技術が参集して組織された科学者集団なのです。

所属する研究者は、博士号を保持していたり、Cygames Researchでの研究職と大学教員とを兼任していたりするような、研究のプロフェッショナルたちです。また、研究成果を実際のゲームに迅速に組み込むために、エンジニアも活躍しています。研究者の力だけでは、ユーザーのみなさまのところへ技術をお届けするのが難しいため、基礎理論を探究して試作品を作る研究者と、実用化を担うエンジニアとが、常にタッグを組んで研究プロジェクトを進めています。研究者とエンジニアのどちらが上でどちらが下、というような上下関係はなくて、どちらの職業も、対等に重要なミッションを担っています。

このように、研究者とエンジニアが同じチームで協働するチーム構成は、世界的には珍しくなく、多くの方が知っているような巨大IT企業でも、研究者と技術者が同じチームで密に連携していると聞きます。科学者集団、というと、みんな白衣を着ているとか、ときおり爆発が起きて髪の毛がアフロになった博士が登場するとか、禁断の技術で作られた実験体が脱走するとか、そういう感じを想像してしまいますが、当研究所は、見た目は普通の人々が、普段着やスーツでパソコンやホワイトボードに向かって研究をしています。

「ゲーム会社で研究をする」ってどういうこと?

読者のみなさまの中には、ゲーム企業が研究をするということのイメージが湧きにくい方もいらっしゃるかもしれません。実は、1つの情報システムとして捉えたときに、ゲームというのは実に興味深い研究対象なのです。例えば、ゲームサーバーの負荷の規模は世界最高レベルで、従来のインターネット通販サイトやSNSとの比較においても、極めて高い頻度でのデータベースへの書き込みを必要とします。『グランブルーファンタジー』のような、ブラウザゲームは、ユーザーのみなさまがゲーム内でアクションを起こすたびに、データベースを更新する必要があるからです。このような超高負荷のデータベースシステムは、まさに計算機科学のメインストリームの研究と言えます。

計算機科学とは、計算機=コンピューターの科学のことで、私たちが普段使っているスマホやインターネットの根幹をなす技術のことです。WebもアプリもCGもクラウドも、すべてこの計算機科学の成果なのです。20世紀が鉄と電気と油を制御する工学の時代であったとするなら、今はまさに情報すなわちデータを制御する計算機科学の時代なのです。私たちは、この計算機科学にふさわしい、新しい研究のあり方を、日々追求しています。

▲『グラブル』の人気コンテンツ「決戦!星の古戦場」。ピーク時のアクセスは28万リクエスト/秒にも達します

また、最近のモバイルゲームは30-FPSや60-FPSなどと言われるように、極めて高速に画面を書き換えています。FPSとは、Frames-Per-Secondの略で、1秒あたりの画面の更新頻度のこと。つまり、30-FPSとは、1秒間に30回(=約0.033秒に1回)、画面を書き換えているわけです。
このような状況でキャラクターをレスポンス良く滑らかに動かすためには、約0.033秒以内に、タッチパネル上での指の動きを高精度に読み取り、キャラクターの動きに変換する必要があります。そんな超短時間でのデータ処理も、計算機科学の王道と言えるでしょう。

このようにCygames Researchは、データベース、深層学習、ユーザーインターフェースという分野で、学術的に研究を行い、IEEE International Conference on Cloud Computing (IEEE CLOUD) やACM CHI PLAYなどの有名な国際会議で発表し、それを実際のプロダクトへ展開していくという活動をしています。

■研究事例1:デッキコード

ユーザーのみなさまに最も身近な研究成果として、『Shadowverse』のデッキ作成支援ツールサイト「Shadowverse Portal」が挙げられます。これは、ユーザーが構築したデッキを他のユーザーに共有するためのツールです。通常は40文字以上のコードが必要になるところを、「データを閲覧する行為」にIDを付与することによって、たった4文字のコードでどんなデッキも共有できるようにしました。対戦相手や友達とデッキを口頭でシェアできるように、英数字4文字のみの覚えやすく入力しやすいコードで、デッキ情報を圧縮する技術です。SNS上ではURLでデッキをシェアし、口頭ではデッキコードでシェアするという方法で、多くのユーザーの方からご好評をいただいています。

■研究事例2:自動デバッグシステム

▲GDC2018講演「AI-Driven QA」の資料より

もう少しエッジの効いた技術としては、クラウド上のサーバーを活用した自動デバッグシステムがあります。これは、「コンテナ型仮想化」と呼ばれる技術を駆使することで、クラウドサーバー1台の中に100台分の仮想スマートフォンを起動し、その仮想スマートフォン上で人工知能(AI)にゲームを自律的にプレイさせることで、ゲームの不具合を自動的かつ網羅的に、検証するシステムです。
数万台~数十万台の仮想スマートフォンを用いた、すなわち万単位の仮想的なユーザーにゲームをプレイしてもらう超大規模デバッグを、クラウド上で24時間365日実行し続けることができるのです。現在はデバッグだけでなく、各種のキャラクターの能力などのパラメーター値の調整などにも活かせるようにAIの高度化を進めているところです。この技術は、IEEE CLOUD というクラウドコンピューティング技術に関するトップレベルの難関国際会議において論文を発表しています。

Shuichi Kurabayashi, “Lambda Containers: A Comprehensive Anti-Tamper Framework for Games by Simulating Client Behavior in a Cloud,” In Proceedings of the 2018 IEEE 11th International Conference on Cloud Computing (CLOUD), 598-605, San Francisco, CA, USA, July 2-7, 2018, DOI: https://doi.org/10.1109/CLOUD.2018.00083.

他にも当研究所では、次世代のスマートフォン用バーチャルパッド(コードネーム:Kinetics)の開発や、ゲーム開発者を育成するための共同カリキュラムの設計・運営をスウェーデンのSkövde(シェブデ)大学と進めるなど、さまざまな活動をしています。この連載の中で、これらの成果やその研究方法などをご紹介しますので、お楽しみに。

▲Kinetics実装時の画面(左)とSkövde大学からのインターン生によるプレゼン(右)

Shuichi Kurabayashi, 2019, “Kinetics: A Mathematical Model for an On-Screen Gamepad Control-lable by Finger-Tilting,” In Extended Abstracts of the Annual Symposium on Computer-HumanInteraction in Play Companion Extended Abstracts (CHI PLAY ’19 Extended Abstracts), ACM,Barcelona, Spain, 467-474, https://doi.org/10.1145/3341215.3356289.

Yukiko Sato, Hiroki Hanaoka, Henrik Engstr ̈om, and Shuichi Kurabayashi, 2020, “An EducationModel for Game Development by A Swedish-Japanese Industry-Academia Alliance,” In Proceedingsof the 2020 IEEE Conference on Games (CoG), (To Apper), IEEE, Osaka, Japan, 8 pages.

研究のすべてはユーザーのみなさまのために

いきなり論文のリストなどを見ると、とても難しいことをしている研究所に見えてしまうかもしれませんね。確かに研究では難しい理論を扱うこともありますが、それはあくまで手段に過ぎません。Cygames Researchにおける研究の目的は、常に、ユーザーのみなさまにとって、より楽しい、より安定した、より快適な、より安全な、よりスムーズな、つまりは、より良いゲームをお届けすることです。
例えば、先ほどご紹介した、「研究事例2:自動デバッグシステム」は、ラムダ計算という、いかにも難しそうな名前の理論を使って、最小のサーバー数で、最大のアプリ数を実行できるようにチューニングをしています。しかし、このラムダ計算の理論を追求するために研究をしたのではなく、ゲームの自動デバッグに最適な理論がラムダ計算だったから、この理論の探究をしたにすぎません。私たちは、「ユーザーのみなさまに最高のコンテンツをお届けするための、手段としての科学」をモットーに、ゲームのための最先端の理論や技術を日々開発しているのです。


少し硬めの入り方をしましたが、この連載では、Cygames Researchでの研究成果や、研究過程で発見したトリビア、「理論上は可能だから、現実にも実現可能なはずだ」が口癖のマッドサイエンティストの日常や、海外の大学との国際交流の様子などについて、タイムリーにご紹介していきたいと思いますので、ぜひお付き合いくださいませ。