Cygames Research研究日誌 #11 ~実用化と研究のイテレーションを担う研究員の紹介 前編~

サイマガ読者のみなさま、こんにちは。Cygames Research所長の倉林 修一です。Cygames Researchとは、最高のコンテンツを生み出すためにサイゲームスが設立した基礎技術研究所で、この連載記事では、当研究所での研究成果や活動をご紹介しています。前回の連載第10回では、東京理科大学にて当社が実施している「DX特論」講義についてご紹介しました。ゲーム企業が培ってきたデジタル化やグローバル化の知見を教育現場で活用する様子を実感していただけたでしょうか。ゲーム開発の歴史の中で蓄積・収斂してきた技術や考え方は、さまざまな分野に応用可能です。当社による講義を受講された若い学生諸君が、次の最高のコンテンツを生み出すことを心より願っています。

ところで、記事公開後、とある大学の先生から「倉林先生は理科大で『最高の講義』をなさっているんですねぇ」とツッコミを頂戴しましたので、「貴学では、『究極の講義』をしております・・・」と答えて難を逃れました。今後は、至高の講義や極致の講義、超絶の講義、超越の講義、卓越の講義、至上の講義など、さまざまなバリエーションを開発していきたいと思っている今日この頃です。

さて、最高の講義とは30年後でも役に立つ考え方を扱う講義だ、というお話を前回させていただきました。今回は、その30年後に向けて次世代のCygames Researchを担う若き研究者たちをご紹介したいと思います。Cygames Researchもおかげさまで設立5年目を迎え、日本だけでなく、アジア、ヨーロッパ、アメリカなど世界各地から新進気鋭の若者たちが参画するようになりました。研究テーマも、 敵対的生成ネットワーク(Generative Adversarial Networks, GAN)というデータの自動生成に適したAIを用いてゲーム用データを自動生成する研究や、キャラクター・アニメーションをより自然にする研究、アイ・トラッキングシステムを用いたスマートフォン用ゲームのユーザビリティ検証方法の研究、さらにはゲームに関する国際的な社会調査研究など、幅広いものを取り扱っています。今回は前編として3名の研究員をご紹介いたします。それでは、ご覧くださいませ。

次世代モーションマッチングシステムの研究

まず、ゲームをプレイするみなさまの分身であるプレイヤー・キャラクターのモーションを改善する研究をご紹介しましょう。3次元のゲーム空間を縦横無尽に、かつスムースに動くキャラクターを実現するためには、「キャラクター・アニメーション」と呼ばれる技術が重要です。特に、昨今ではサード・パーソン・シューター(TPS、プレイヤーが操作するキャラクターを三人称視点で見るゲーム)の自由度は極めて高くなっており、ジャンプやしゃがむ動作だけでなく、坂道を駆け上がったり塀の上を歩いたりするような多様な動作を、極めて自然に表現することが求められています。しかも自由度の高いゲームでは、ユーザーがキャラクターにどのような順序や速度でアクションを命令するのかゲーム開発者が事前に予測できないため、状況に応じてモーションを合成する仕組みが必要不可欠になります。

そこで近年のAAAゲーム開発では、「モーションマッチング」という膨大なモーションデータの中から最もふさわしいモーションをキャラクターが動くたびに検索するシステムが導入されるようになりました。このモーションマッチングを実装するためには、モーションキャプチャーで撮影したモーションデータのデータベース化や、その高速な検索など、従来のキャラクター・アニメーションとは異なる技術が要求されます。

そこで、当研究所の若手研究者であるAdan Häfliger(アダン・ヘフリガ)は、このモーションマッチングシステムをさらに発展させ、複雑な地形やNPC(敵キャラクターや街の人など)と相互作用を考慮して最適なモーションクリップを検索して合成する「動的モーションマッチングシステム」の研究に取り組んでいます。

▲図1. 動的モーションマッチングシステムの概要

当社は社内に専用のモーションキャプチャースタジオを保有しているため、このスタジオで撮影した膨大な量のデータに深層学習を適用してデータベースを構築し、さらには当社独自のキャラクター・アニメーション・エンジンの実装も進めています。この研究では、モーションキャプチャースタジオのデザイナーチームや、ゲームの実装に詳しいエンジニアチームと連携しており、まさにゲーム企業らしい研究です。従来のモーションマッチングシステムはメモリの使用量が大きく、モバイルに向かない技術でしたが、Cygames Researchでは省メモリ化も視野に入れており、スマートフォン用ゲームでも動作するモーションマッチングシステムの構築を目指しています。

Adan Häfliger(アダン・ヘフリガ)
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動的モーションマッチングシステムを担当するAdan Häfligerは、スイス連邦工科大学ローザンヌ校の修士課程で深層学習の研究に従事し、2020年に当研究所へ入所しました。入所直後からキャラクター・アニメーションの高度化の研究に取り組み、大学院時代の深層学習の知見を活かしたモーションデータベースの構築を行うなど、理論と実装のイテレーションを実践しています。入所後、半年間でプロトタイプシステムを完成させ、現在は論文を鋭意執筆中です。よりスムースで、よりリアルなアニメーションをユーザーのみなさまにお届けするべく、研究開発を継続していますので、ご期待ください。

GANの基礎研究

次にご紹介するのは、ゲーム内で使用するデータやパラメーターを自動的に生成できるようにするための基礎研究です。さまざまなデータやパラメーターを自動生成できれば、開発効率が上がるだけでなく、ゲーム中の要素をよりバリエーション豊かなものにすることができます。そのような「何かの自動生成」に適したAIが、“敵対的生成ネットワーク(Generative Adversarial Networks, GAN)”と呼ばれる深層学習の分野です。Cygames Researchでは、このGANの可能性を広げる基礎研究として、ゲームでよく使われる「乱数(サイコロを振るように、ランダムな値を生成する仕組み)」をGANに学習させ、これまで高度に数学的な専門性が要求されていた乱数生成器を、誰もがGAN学習で独自に実装できるようになる研究を進めています。

▲図2. 擬似乱数生成器の挙動を学習するGANの研究

実は、乱数は「なんとなくランダムに見える」というものではなく、ちゃんとした基準ともいうべきものがあります。その基準とは、米国商務省標準技術局(NIST)が開発したNIST Special Publication 800-22 (NIST SP800-22)と呼ばれる、乱数を統計的に検定するツールキットです。このNIST SP800-22は、16種類の検定法に基づく189個の試験からなる、かなり厳密なテストスイートであり、この検定をパスした乱数生成器がゲームや一般のアプリ開発などで広く活用されています。もしこのNIST SP800-22テストスイートを完全制覇する乱数生成器をGANによって自動的に生成できれば、乱数という複雑な挙動を示すデータを、ニューラルネットワークが学習可能であると実証することができるわけです。さらに、ニューラルネットワークのファインチューニング(特定の問題に適した処理ができるように微調整すること)を通じて、新しい乱数生成器を無尽蔵に作り出せるようになる可能性すらあります。

岡田 清志郎(おかだ・きよしろう)
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GANに取り組んでいる研究者の岡田 清志郎は、慶應義塾大学 理工学研究科 博士課程に所属しながら、当研究所の博士課程学生向けの長期インターンシップ・プログラムに参画し、この研究を進めています。Cygames Researchでは国内外の大学と提携して、講義として単位化される長期インターンシップを受け入れており、基礎研究の拡充を図っています。一般的に、博士課程というと就職時の課題や経済的な課題などが懸念され、進学するには覚悟が必要な面もありますが、この長期インターンシップは最長で博士課程修了時まで継続できますので、経済的に安定した環境で研究に打ち込むことができます。岡田は現在、新しいGANネットワークを用いた実験を行いながら、論文の執筆を進めています。本研究の成果が論文として公開された暁には、この研究日誌で詳しくご紹介したいと思います。

GANによるゲームデータの生成

現代のオープンワールドゲームは、多様性を備えた広大な土地を必要とします。しかしながら、このような地形データの作成には膨大なコストがかかる上、ゲーム内容を更新するたびに調整が必要になります。そこでCygames Researchでは、海岸線の輪郭や川の輪郭などの手描きのスケッチを入力するだけで、その輪郭と整合するリッチな3D地形マップを自動生成するAIを開発しました。このシステム「Sketch2Map」を使うと、ゲームデザイナーは数分で書けるようなラフなスケッチ画像から、図3のような高低差や地形を持った3Dマップを得られるのです。

▲図3. Sletch2Mapの概要:手書きで入力したラフ線画(赤い線が陸地の輪郭線で、緑が河川を示す)から3次元の高低差を持ったマップを自動生成

このような、試行錯誤を支援する技術を “ラピッド・プロトタイピング” と呼んだりしますが、このラピッド・プロトタイピングにAIを適用した良い例が「Sketch2Map」と言えます。「Sketch2Map」の技術的な特徴は、手書きのスケッチを標高ビットマップに変換するcGANと、レベルアセットを生成する決定論的アルゴリズムで構成される2段階の生成モデルにあります。この2段階の生成モデルにより、生成される3Dマップが多種多様なものになるようにしながら、生成されるデータの品質を高いレベルに保つことができるのです。詳しくは、論文(Tong Wang and Shuichi Kurabayashi. “Sketch2Map: A Game Map Design Support System Allowing Quick Hand Sketch Prototyping,” In Proceedings of the 2020 IEEE Conference on Games (CoG), Online, 2020, pp. 596-599, doi:10.1109/CoG47356.2020.9231754.)で解説しておりますので、ご興味のある方は是非ご参照ください。

王 桐(ワン・トン)
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「Sketch2Map」を開発した研究員の王 桐は、コンピューター・グラフィックスのエキスパートです。中国・清華大学で修士号を取得し、日本の東京大学にて博士号を取得した後にCygames Researchに入所し、深層学習を活用したコンピューター・グラフィックス研究に従事しています。王は、信号処理から深層学習、強化学習までを幅広く扱い、国際的な学術出版社である、Springerから出版されるコンピューター・グラフィックスの百科事典“Encyclopedia of Computer Graphics and Games (ECGG)”に多数の項目を執筆しています。現在は、オフラインレンダリングとリアルタイムレンダリングを融合する新たなAIの開発に取り組んでおり、いずれ研究日誌にて新しい成果をご紹介できる日が来ると思いますので、お楽しみに。

さて、今回は当社の若手研究者3名をご紹介させていただきました。3名とも20代ですが、当研究所で第一線の研究をリードしています。Cygames Researchでは若手とベテランの垣根はなく、誰もが担当する研究テーマのリード・リサーチャーとして活躍できる体制を整えています。また、研究成果は常に実用化を前提とするため、普段からデザイナーのみなさんやエンジニアのみなさんと連携して研究を進めることができるのも、研究者にとっては良い刺激になっています。次回は、今月ご紹介しきれなかった2名の研究者をご紹介させていただきつつ、彼ら・彼女らの普段の研究風景もご紹介したいと思います。お楽しみに。