Cygames Research研究日誌 #18 ~Cygames流! 誰でも実践できる最高のプレゼン技法(後編)~

サイマガ読者のみなさま、こんにちは。
Cygames Research所長の倉林 修一です。2022年もどうぞよろしくお願いいたします。Cygames Researchとは、最高のコンテンツを生み出すためにサイゲームスが設立した基礎技術研究所で、この連載記事では、当研究所での研究成果や活動をご紹介しています。

さて、まずは、Cygames Research研究日誌 #16 ~秋の外部講演特集にてご紹介した学会発表の結果をご報告いたします。昨年の11月30日に、国際会議IEEE International Symposium on Multimedia (ISM) 2021にて、論文 “Dynamic Motion Matching: Context-Aware Character Animation with Subspaces Ensembling” を発表してきました。といってもオンライン会議なので、ヨーロッパ時間に合わせて深夜に自宅からZoomで参加するという、ちょっと過酷な会議でした。発表では、下記のデモ用動画を用いて動的モーションマッチングをアピールし、好評を得ることができました。

  • Adan Häfliger and Shuichi Kurabayashi, “Dynamic motion matching: Context-aware character animation with subspaces ensembling,” in Proceedings of the 23rd IEEE International Symposium on Multimedia (ISM 2021), Online: IEEE, Nov. 2021, pp. 115–122. doi: https://doi.org/10.1109/ISM52913.2021.00028.

大変ありがたいことに、この論文はベストペーパー(最優秀論文賞)にノミネートされ、「ベストペーパーセッション」という、候補の論文を一斉にプレゼンし、その中から投票でベストペーパーを選ぶというセッションにて、発表をすることができました。ベストペーパーにノミネートされたのは7件の論文で、下記のように、アメリカ3件、ヨーロッパ3件、日本から1件という状況でした。

  • 日本、Cygames Research
  • アメリカ、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校
  • アメリカ、マサチューセッツ大学アマースト校
  • アメリカ、ポートランド州立大学
  • ドイツ、Fraunhofer HHI(有名なドイツの研究所です)
  • スイス、lastminute.com (複数のホテル予約サイトブランドを統括する欧州のIT企業です)
  • オーストリア、インスブルック大学

残念ながら、私たちの論文は受賞には至らなかったのですが、次回こそはベストペーパーを受賞できるよう、さらに研究をブラッシュアップしていきますので、ご期待ください。

プレゼンテーション技法(後編)

さて、今月はトップカンファレンスのベストペーパーにノミネートされるくらい実績のある(微妙に歯切れの悪い煽り文ですね……)、プレゼンテーション技法の後編です。

今回は読者のみなさまがサイマガで学んだ知識を今からすぐに再利用できるように、①誰もがご存じの昔話「桃太郎」を題材として、②誰もが無料で使えるプレゼンツールの「Googleスライド」を使い、③誰もが無料で使える「いらすとや」さんの素材を使用させていただきながら、プレゼンテーションスライドの作り方を解説していきます。Googleスライドのファイルをそのままご提供しますので、みなさまのプレゼンライフにご活用ください。まずは、前回学んだ15分のプレゼンテーションとして桃太郎を編成してみましょう。

前回予告したとおり、プレゼンの要となるのは「メッセージ/説明」の型「二軸マトリクス」の型「比較」の型「三大要素」の型、の4つのテンプレートです。この4つのテンプレートを使って、タイトル、サマリー、背景、関連手法、問題定義、提案手法、実装、実験、考察、まとめ、というスライドの十要素を作成していきます。4つのテンプレを覚えて10個の要素を作るだけですので、プレゼンは決して難しいものではありません。

タイトルスライド(メッセージ/説明の型)

まずは、タイトルを書きます。タイトルをテンプレートのまま書いてしまうと、文字だけでよく分からないスライドになってしまうので、必ず「イメージ図」を入れましょう。例えば、次に示すように、桃太郎のイメージ図を入れてみます。

イメージ図を入れるだけでちゃんとしたプレゼンっぽい感じになりますよね?これが「メッセージ/説明」の型です。
メッセージとは伝えたいことを言葉で表現したものであり、説明とは伝えたいことをサポートするエビデンスや直感的なイメージを図・表・言葉で補足するというものです。

このページで伝えたい「これは桃太郎を題材としたプレゼンスライドのテンプレートだよ」をタイトルで表現し、イメージ図を右側につけました。タイトルに大学や会社のロゴを大きく入れる方もいらっしゃいますが、タイトルスライドだけでプレゼンの内容が伝わった方が良いので、「イメージ図」を入れることをおすすめします。では、このタイトルスライドを作るときに私が気を付けた点をスライドの上に書き込んでみましょう。

このように、タイトルスライドは①タイトル②著者③イメージ図の3点セットを書くようにしています。これだけで、「このファイルは、倉林が桃太郎を題材にプレゼンスライドのテンプレートを作ったものだな」と第三者に伝わるわけです。
また、未来の自分がファイルを探しているときに、スライドの1枚目のプレビューを見た瞬間ファイルの中身がわかるので、未来の自分がものすごく助かります。

サマリー(概要)

次のスライドはサマリーです。サマリーも「メッセージ/説明」の型を使います。

このサマリーのスライドが最重要ですので、この1枚に全力投球しましょう。全力投球といっても、たくさんの情報を書き込む「量」の勝負ではなく、提案の全てを一言で表現し、そのイメージ図を載せるという「質」の勝負です。
提案する内容を一言で言い切るのはかなり大変なのですが、このスライドで勝負が決まりますので、全力で文章を作り込んでください。

サマリーの文章は2センテンスになると意味がぼやけるので、1センテンスにすることが大切です。さらに、提案手法のイメージ図とその結果得られる未来のイメージ図を入れてみましょう。この昔話は桃太郎がイヌ・ サル ・キジと一緒に鬼ヶ島の鬼をやっつける話ですので、桃太郎・イヌ・ サル ・キジの図と鬼ヶ島で鬼が泣いている図を入れました。

初心者の場合、サマリーの文章が長くなってしまう傾向にあるのですが、このスライドは初見の人が文字通り初めて目にするものですので、とにかく情報量を絞り込んで簡潔に表現することが大切です。Less is more(少ない方がより豊か)を心がけましょう。

なお、企業の中でプレゼンをする場合はこのサマリーのスライドに、①予算、②人員、③期間、④設備を書いておくと良いでしょう。仕事とは広義の資源(資本、人員、時間、設備)を「価値」に変換することですので、この企画が何を使用して何を生み出すのかを明示しておくと決済しやすいプレゼンになるはずです。

実は極論を言えば、プレゼンはここで終わりにしても構いません。このスライドを見た瞬間にオーディエンスが納得すればそれで終了しても良いのです。ただ、さすがに1枚目だけで完全に納得する人は多くありませんので、この後に詳しいスライドを付けていくのです。サマリーのスライドを見たときのオーディエンスの心の内は、おおよそ次のようになるはずです。

  • 詳細を確認したい: 提案に納得した。念の為、中身をよく聞いておこう。
  • 手段に懐疑的: 提案の趣旨は理解できるが、本当に鬼を制圧できるのだろうか?
  • 目的に懐疑的: なぜ鬼を制圧する必要があるのか? 我が国と関係あるのか?

このうち、最も納得していない人は、3番目の「目的に懐疑的」な人です。そこで、次のスライドは「背景」を説明します。プレゼンの基本は、最も納得していない人から口説き落としていくことです。自分のプレゼンに既に納得している人をさらに狂信的な信者のように納得させても意味はなく、懐疑的な人に納得してもらって味方を増やすことがプレゼンの極意だからです。

背景

「背景」はそもそも、なぜこの提案手法が求められるのかという理由を説明するために、社会的な状況や技術的な文脈を説明するためのスライドです。この背景も「メッセージ/説明」の型を使います。書き方はサマリーと同じで、端的に文章で表現して、そのメッセージを支えるイメージ図やエビデンスとしてのグラフを付ける、というスタイルです。

このスライドを作成するときのコツを書き込んでみましょう。コツは①問題を数字で伝えること②何が課題なのかを文章で明示すること、そして③グラフ等を用いて問題の特徴を定量的に伝えることです。

どんな問題にも必ず量的な側面があるので、数字化することができます。今回の例では、桃太郎のようなざっくりとした「鬼が来るから村が困っている」という話を、村の生産能力との定量的な比較に変換して、「鬼が我が国の国家経済に深刻な被害をもたらす存在である」という話に説得力を持たせています。

このグラフを見て「なぜ鬼を制圧する必要があるのか? 我が国と関係あるのか?」などと言い出す侍はいないはずです。これで3種類のオーディエンスで最も懐疑的だった「目的に懐疑的」な人々に納得してもらうことができました。次は、「手段」の正当性を説明しましょう。

既存方式の検討(二軸マトリクスの型)

手段を説明するときに気を付けるべきことはさまざまな手段を客観的に、かつ端的に比較検討することです。最初から桃太郎という手段ありきで「桃太郎が鬼退治をします!」と言い張るだけでは、目的と手段が逆になってしまいます。鬼を退治して村を平和にするために桃太郎を採用することがベストだと説得するのがプレゼンの目的です。そこで、一般的な鬼退治の方法と桃太郎を比較検討してみましょう。幅広く手段を比較するときに優れたテンプレートが「二軸マトリクス」の型です。

二軸マトリクスの型では、縦軸に比較する手法の質的な特徴を、横軸に比較する手法の量的な特徴をプロットします。縦軸と横軸は適宜逆にしても構いません。ただし、必ずどちらかを質的な軸に、また、どちらかを量的な軸にしてください。

世の中の物事は、質的側面と量的側面を併せ持っています。質と量の2つの面から比較検討することで、物事のPros/Cons(利点と欠点)を洗い出すことができるのです。この例では縦軸を奇襲作戦か正面作戦か、横軸を大軍か少数精鋭かという分類にしました。このように二軸を設定して既存の方式を比較すると、「大軍を使うのはちょっと嫌だなぁ。少数精鋭がいいけど、奇襲以外の選択肢がないなぁ」という状況が伝わります。

問題定義

二軸マトリクスを使った比較検討で、「少数精鋭の奇襲作戦」が好ましい手段であることが明らかになりました。この少数精鋭の奇襲作戦を成功させる上で、最も本質的な障害となる要素を明らかにすることが「問題定義(Problem Definition)」のスライドの役割です。

このスライドも「メッセージ/説明」の型を使います。例として、邪悪な鬼には通常兵器が効きにくいことを問題としました。このスライドを見ると、オーディエンスは「刀も弓も槍も効かないんじゃ、やばいじゃん」という感想を持つはずです。つまりは「手段に懐疑的」な人がこのスライドに共感してくれるのです。

プレゼンは自分の意見を押し付ける手段ではないので、オーディエンスが共感できる要素を散りばめることが重要です。手段に懐疑的な人が「そうだそうだ!」と同意できる問題を定義しましょう。そしてその問題を、次の「提案手法」のスライドで解決するのです。

提案手法

提案手法のスライドでは、「三大要素」の型を使います。人間は「手順は3つ」とか、「要素は3つ」と説明されると理解しやすいということがよく知られています。2つや4つでも良いと思うのですが、2つだと何かを見落としていそうで4つだと本質的ではないノイズのようなものが入ってしまっている気がします。「コロナ禍の三密の回避」のように、3つの要素というのは覚えやすく納得しやすいのです。

では、3つの要素で提案事項を説明してみましょう。ここでは①破邪の力を持つ桃太郎を投入すること②きび団子で仲間を集めること③その仲間と共に鬼を討伐するという3ステップで作戦を説明しています。「桃太郎」という物語を3ステップに分解し、桃ときび団子を舞台装置として後ろに下げるというアイディアがここのスライドの作成には必要になってきます。最初から良い3項目や図を作ることは大変だと思いますが、提案のコア中のコアの図ですので、ここは頑張りましょう。

さらに、提案手法は1スライドだけでは説明ができませんので、奇襲作戦の概要も次のスライドで書いておきます。これは図だけのスライドです。作戦の全体像を図として表現することで、誰もが作戦を理解できるようになります。

さて、ここまで書けば提案の概要はすべて説明したことになります。この7枚目までの内容を理論的に支えたり根拠となるエビデンスを提示したりすることが後半のスライドの役割になります。前半だけでは口先だけのプレゼンになってしまうので、しっかりとエビデンスたる後半を作成し「根拠のあるプレゼンです」と伝えていきましょう。

実装

後半の要である「実装」のスライドは「メッセージ/説明」の型で、そのまま書けばOKです。提案のスライドで述べた①桃太郎の育成、②リクルーティング、③奇襲作戦の3つに対応させながら書きましょう。あまり難しく書く必要はなく、ストレートに書いていけばOKです。

オリジナリティーの明確化

今回のスライドでは実装方法のユニークネス(新規性)を強調するために、本研究の実装方法(桃太郎)と、他の昔話で鬼を退治する方法との比較を行うことにしました。実装方法を詳細に説明した後ですので、既存の鬼退治の手法と桃太郎の本質的な違いを端的に説明できる状況になったのです。

そこで従来手法として、一寸法師や金太郎と、桃太郎を比較してみましょう。これが「比較」の型です。比較の型では左に既存の手法を書き右に提案手法を書くことにより、提案手法の特徴を際立たせます。ここで気を付けるべきことは、既存の手法を悪く書かないことです。一寸法師や金太郎は長年語り継がれた優れた昔話ですので、一概に否定してはいけないのです。

例えば「一寸法師は複数の鬼を倒せない」ではなく、「一対一の戦闘に特化していた」などの肯定的な書き方にします。金太郎の例でも「金太郎は乱暴者」とは書かずに、「コンプライアンス上の課題が存在」と書きます。このように他者の研究成果や手法に言及するときは、否定的な価値判断を含む言葉やフレーズを使わずに、肯定的にその特徴を表現しましょう。

実験

最後に実験です。「知恵の正しさはその働きが証明する」との言葉の通り、提案した内容が正しいかどうかは実験によって証明されます。

この実験結果のスライドでは、実験として評価した事実をありのままに報告することが重要です。事実をそのまま書くのでプレゼンのテクニックとして特に工夫すべきところはありませんが、強いて言えば「悪い結果も隠さず正直に書く」ということでしょう。私が作成したテンプレート例では、サルの過去の不明瞭な経歴(さるかに合戦)を正直に述べています。

考察とまとめ

考察では再び三大要素の型を使いましょう。プレゼンの開始から既に14分くらい経っている計算になるので、オーディエンスは少々疲れ始めています。実験結果を端的にまとめるような、短くわかりやすい3センテンスを書くと良いでしょう。

最後にまとめです。まとめは今までの話を1センテンスでまとめて、将来の課題を書きます。あまり難しいことはありませんね。

このように、プレゼンテーションの後半部分は割と淡々と事実を説明していくスタイルになるので、プレゼンテーションのテクニックとしての工夫は必要ありません。しっかりと事実を端的に書くことを心がけましょう。

終わりに

桃太郎を題材として研究発表のプレゼンテーションのテンプレートを見てみると、一つひとつの要素は実に単純であることがわかったと思います。また、最初の5枚のスライドで提案内容のすべてが伝わることも、ご理解いただけたのではないかと思います。このスライドはサイマガ用サンプルスライド から閲覧できますので、ぜひ、ご活用ください。次回は2022年代の最新のAI技術の方向性についてお話ししたいと思います。お楽しみに。