【マネージャーの思考】AIテクノロジーの組織づくり AIで開拓するゲームの新境地とは

「マネージャーの思考」は、サイゲームスの各部署のマネージャーから、組織づくりの考え方や今後の展望を語ってもらう連載です。近年、生成AIの技術によって様々な分野に変革が訪れようとしており、サイゲームスにおいてもゲーム開発をはじめ業務全般へのAI技術活用が模索されています。今回は、2024年2月に立ち上がったサイゲームスの新部署「AIテクノロジー」を率いるマサルに、設立の経緯や今後の戦略について語ってもらいました。

専門役員 兼 AIテクノロジー マネージャーマサル
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大手コンシューマーゲーム開発会社を経て、サイゲームスに所属。モバイルアプリやVRコンテンツ、ゲームエンジン、グラフィックスなど、幅広い分野の研究開発とプロダクトのマネジメントに従事するとともに、コンテンツ開発を技術支援する部署「開発運営支援」を立ち上げ、社内の業務改善を実現してきた。2024年には昨今のAI需要を踏まえて新部署「AIテクノロジー」を立ち上げ、AI技術を活用した開発プロセスの革新を目指す。

次世代のコンテンツ開発基盤の整備を目指して
「AIテクノロジー」設立の経緯

それではまず、「AIテクノロジー」の設立背景について教えてください。

一昨年頃からChatGPTをはじめとする生成AIが飛躍的に進歩し、最先端技術でもあるAIに関して、サイゲームスでも組織的な取り組みを進めることになりました。当時、私はエンジニア2部の部長を務めており、初めに複数部署のメンバーで構成されるGenerative AI活用委員会を設立し、委員長としてAI活用の取り組みを横断的に進めました。その後、サイゲームスには業務としてAIを専門で取り扱う部署がなかったため、新たに「AIテクノロジー」という組織を立ち上げ、マネージャーに就任。2024年4月には専門役員に就任し、全社的なAI活用を推進していくこととなりました。

「AIテクノロジー」は2024年2月にスタートし、私が専門役員に就任した4月から活動を加速させています。将来的に正式な“部”になる可能性もありますが、現時点ではAI技術の進歩へ柔軟に対応するために、あえて「AIテクノロジー」という抽象的な名称で活動を行っています。

現在のチーム構成はどのようになっていますか?

「AIテクノロジー」はコンテンツを作るチームとAIの研究や実証を行うチームの二つに分かれており、現時点で10名程度のメンバーがいます。元々社内でコンテンツ開発に携わっていて転籍してきたメンバーもいますが、半分以上は新規で合流した人です。自然言語処理(※)や画像生成など、それぞれのテーマに基づいて実証や研究を進めており、それと並行してコンテンツ開発の中でAIが実現できること・できないことを試行しています。今後も、自然言語処理や画像処理・画像生成に関わるエンジニアを中心に幅広くメンバーを採用していくことになると思います。

※ 自然言語処理……人が日常的に使用している言語(自然言語)をAIに読み込ませ、意味の理解・自然言語での返答・大量のテキストデータ解析をはじめとした処理をさせること

スタッフの学習環境整備から開発支援まで
「AIテクノロジー」の初期計画と戦略

まだ「AIテクノロジー」は発足したばかりですが、現在取り組んでいる課題などがあれば教えてください。

そうですね、現在は生成AI技術が注目されていますが、ゲーム開発の中でどれくらい使えるかはまだ手探り状態で、明確な答えを出せていません。サイゲームスとしては、まず生成AIも含めてAI技術全般がゲーム開発にどう使えるのか、もしくは使えないのかを明らかにしていくことが直近の課題だと考えています。

なるほど。その上で、当面はどのように計画を立てていますか?

まずは1年間で、社内で安心してAIを使える土台を作ることが目標です。生成AIは特に、処理させると事実でない情報が生成されてしまう「ハルシネーション」という現象が起こり得ます。そのため、現状では答えが正しいかどうかを利用者側が判断しなければなりません。そこで現在、サイゲームスにいる3000人を超えるスタッフたちがAIを適切に取り扱えるよう、リスキリング(※)の環境を整備しているところです。また、日報をスマートにまとめたり、勤怠の管理をスムーズにしたり、マネージャーの管理業務を効率化したりなど、まずはAIを活用した一般業務の改善にも着手しています。

※ リスキリング……技術革新や環境の変化に応じて、新しい、または従来の知識やスキルを学ぶこと

社内で活用していくための基盤として、非常に大切なことですね。中期的な目標はありますか?

中期的には、3年間でAI技術をゲーム開発のプロセス全体に広げることを目指しています。現在も、例えばシナリオの執筆支援やローカライズ支援などで基礎研究や試行錯誤を始めているところです。

生成AIは、自然言語の領域ではある程度世間でも受け入れられ始めていますが、ゲーム開発での実用ではまだ法的、倫理的な面での課題が多い状況で、慎重に取り組むべきと考えています。画像や音声メディアを扱う場合はデータが著作権侵害に該当しないよう注意すべきですし、それらのAIコンテンツを見聞きするユーザーの方々の心情に配慮しなければなりません。

生成AIも従来型AIもフル活用!
「AIテクノロジー」の目指すコンテンツ開発の近未来

現在、「AIテクノロジー」では主にどのようなAI技術やプラットフォームに注力していますか?

全体の取り組みの中では、LLM(大規模言語モデル)による自然言語処理への取り組みが多いと思います。OpenAIやGoogleをはじめ、各社のプラットフォームから次々に新たなAIサービスやLLMが生まれていますし、ゲームコンテンツではテキストを扱う業務が多くあるので、そこに生成AIや従来のAI技術を取り入れたらどうなるか、様々な試行錯誤が始まっていますね。

「AIテクノロジー」では生成AIだけでなく従来の強化学習なども含めて、総合的にAI技術を活用しているということでしょうか?

そのとおりです。生成AIがもたらすクリエイティビティーは重要ですが、正確性に懸念があります。ゲームコンテンツの中では100%の正解を求められることも多いですが、生成AIは確定的な回答が出てくるものではありませんから、ルールベース(※)をはじめとした従来のAI技術、生成AIなどは目的や課題によって使い分けが必要になると考えています。

※ ルールベース……人が登録した情報やルールを基にAIが行う処理のこと

先ほど言っていた生成AIによるシナリオの執筆やローカライズの支援について、現在はどのような取り組みをしているのでしょうか?

例えば、一部のゲームタイトルではシナリオ執筆の業務で監修や表記揺れなどを厳密にチェックする機能が備わった自社開発のWebサービスを使用しています。あくまで実験的な試みとして、我々はそのWebサービス上に生成AIを使った監修機能を導入しました。シナリオの概要をまとめたり、所感をもらえたりする機能で、実際ライターが試してみたところ、かなりの効果があったという感想をもらいました。

便利そうですね!コンテンツ制作がはかどりそうです。

シナリオライターからもらった感想の中で、手応えを感じた話がありました。
これまではシナリオを書いた後、キャラクターらしい表現ができているか、誤字脱字などの確認漏れがないかなど不安が残るため一晩寝かせてから次の工程に回すことがあったそうです。例えば18時に執筆が終わって、19時が定時だったとしても、何かあったら不安だから翌日にもう一度確認してから渡そうと。

そこでAI監修機能を使ってみたら、「AIがOKって言っているなら渡してしまおうか」という気持ちになったそうです。一晩寝かせる場合は、帰宅後もまだシナリオの執筆が終わっていないような感覚でしたが、AI監修機能を使ってその日に執筆が手離れするとかなり気持ちの負担が減るとのことでした。

生成AIによってグッと生産性を上げられそうな可能性を感じますね!

他にも、社内で“Taurus”と呼んでいる、いわゆるRAG(※)を用いたAIチャットサービスの開発を行っています。サイゲームスではナレッジベース(業務の知見データベース)としてConfluenceや内製ツールを使っており、これらを用いてスタッフのニーズに合った、より高い精度の回答が出せるようにTaurusを開発しました。

※ RAG……Retrieval-Augmented Generationの略称。LLM(大規模言語モデル)によるテキスト生成に外部情報の検索を組み合わせることで、より回答の精度を高めた自然言語処理システムの一つ

さらにTaurusの精度を上げるため、熟慮を重ねています。例えば、一般的なAIチャットサービスには、回答に対する「good」「bad」などの評価機能がありますね。AIの回答が期待に沿わない場合は「bad」評価にされ、AIの課題だと認識されがちです。しかし実際のところは、RAGの根底にあるナレッジベースの情報や構成に課題があることも多く、Taurusもそのような評価機能を用いて、ナレッジベースやシステムの改善に役立てようとしています。

例えば、社内におけるエアコンの調節についての問い合わせでは「空調を調節したい」と表記する人もいるし、「温度を調整したい」と表現する人もいます。AIへの質問でそういった様々な表記や俗称が入力された場合に、単純な検索を行ってもナレッジベース上の情報にたどり着けず、結果としてAIが期待した回答を返せないケースがあります。Confluenceの記載そのものに問題があるならばそれを修正しますし、検索の精度に課題があるならシステムとして対応を検討します。このような気付きを得るために、Taurusでの評価機能を活用しています。

▲“Taurus”のRAGシステム

非常に根気の要る作業ですね。Confluenceの整備も含めて「AIテクノロジー」のメンバーで対応しているのですか?

いえ、AIの専門性が高い部分は「AIテクノロジー」で対応しますが、ConfluenceはICT(情報通信技術)の領域ということで、情報システム本部という部署が管理しています。ナレッジベース上のデータを大規模に修正する場合には、情報システム本部へ依頼が必要です。そういった複数の部署が連携して課題を解決するときには、複雑な確認・承認ステップを踏まなくてもスムーズに進められるよう、冒頭で申し上げたGenerative AI活用委員会が対応します。

なるほど。そこでGenerative AI活用委員会と「AIテクノロジー」との棲み分けが活きてくるのですね!現在、委員会は何名ぐらいで、どのように活動しているのですか?

この委員会は性格上、情報システム本部などICTの領域に近いメンバーが多く所属しており、デザイナーや社内アプリを作っているチームなど、各拠点から横断的に約20名のメンバーが参画しています。様々な課題の解決のためにはこの委員会内で素早く意思決定をすることが非常に大事です。委員会では私が委員長を務め、議題に合わせて関係者だけを集めて会議を行ったり、新たな課題に取り組むときには適任者による主導チームを編成して、その中のメンバーで集中的に議論したりしています。私が委員長と専門役員を兼務しているのは、社内のAI活用を統括する立場としてより素早く判断し、実行に移していくためです。

シナリオの監修システムや“Taurus”などの取り組み以降で検討していることはありますか?

様々な案が出ており、ゲーム開発のデバッグ作業に何らかのかたちでAIを組み込めないか検討しています。例えば、デバッガーがバグレポートを作成する際に自然言語処理を用いることで作業効率の改善が期待できますし、画像認識によってプレイ画面からバグと思われる箇所を指摘できる可能性があります。ゆくゆくはバグだけでなく、AIによって画面の視認性の課題やコンテンツの倫理的な問題を検知できるようになるかもしれません。

他には、ゲームの自動プレイによるデバッグを検討しています。ゲームの様々な箇所を網羅的に自動プレイできるようになると、それによってゲームの不具合が減り、ユーザーのみなさんにより快適なプレイ環境を届けられます。そのために生成AIだけでなく、強化学習をはじめとした従来のAI技術も含めてトライアルを行っているところです。

柔軟な組織体制に向けた
「AIテクノロジー」の採用計画

ここまでのお話で、「AIテクノロジー」がサイゲームスのAI活用をリードしていく重要なミッションを担っていることがよくわかりました。今後のチーム体制や新規採用計画についてはどのように考えていますか?

現段階ではまず、自然言語処理と画像処理、画像生成系のメンバーをさらに増やしていきたいと考えています。また、ゲームコンテンツ開発での活用を考えると、CGモデル、モーション、サウンドといったアセットの作成を何かしらのAIを使って効率化する手法を幅広く検討していきたいので、それぞれの領域のエキスパートを増やしたいです。

近い将来、他社からも様々なAIサービスが提供されると思われますので、それぞれの技術において社内で研究開発を続けるか、汎用サービスを利用するのかを判断する必要があります。どのようなケースにも対応できるよう「AIテクノロジー」をできるだけ柔軟な組織体制にしておければと考えています。

これから合流する方には、ゲーム開発経験とAI技術に関する経験値とではどちらを重視していますか?また、アカデミック領域でAI研究をしている方はマッチしますか?

そのあたりは非常に悩ましいですが、どちらかといえばAI技術に精通している方を求めています。ただ、サイゲームスは「最高のコンテンツを作る会社」をビジョンとしたゲームを開発する会社ですし、ミッションステートメントの一つとして「みんなでたくさんゲームをやる」と掲げていますから、ゲームが好きなAI技術者の方を特に歓迎します。もちろん、今からAIを勉強していきたい、AIの活用について企画していきたいというゲーム開発者の方も歓迎します。一定のキャリアを積んだ後にAIに取り組みたいテクニカルアーティストの方や、横断的な取り組みにAIを活用したいエンジニアの方も大歓迎です。両方に広く門戸を開いています。

合流を検討中の方にメッセージがあればお願いします。

横断的に活動するGenerative AI活用委員会と、専門的に取り組む「AIテクノロジー」、そして専門役員が旗振り役になる体制によって、新しいことに柔軟にチャレンジできる最高の環境が整備できたと考えています。ご興味があればぜひ、AI技術の活用に向けてご一緒にお仕事ができればと思います。

以上、「AIテクノロジー」を率いるマサルに、チーム設立の目的や今後の展望について語っていただきました。

サイゲームスでは現在一緒に働く仲間を募集しています。ご興味を持たれた方はぜひご応募ください。

AIエンジニア(自然言語処理)の募集要項 AIエンジニア(画像生成・画像処理)の募集要項

編集後記「マネージャーの横顔」

休日はどんなことをしていますか?

最近は城巡りにハマっています。きっかけはとある位置情報ゲームで、各地の城に行くとゲットできるSSRのために色々な場所へ旅行しています。家族は旅行できて大喜びだし、私はSSRをゲットできるのでWin-Winです(笑)。

AI絡みのお話としては、家族で城をバックにして写真を撮ったときに、他の観光客の方が写り込んでいたので生成AIで消そうとしてみたのですが、なぜか何度やっても消えずに他の人の顔になっちゃったんですよね。どうやっても消えない(笑)。そのようなお茶目なところがありつつ、AI技術はまだまだ奥が深いなと思いました。

▲休日の城巡りの様子