シナリオ制作を飛躍的に効率化する「こえぼん」 開発運営支援×シナリオ連携によるWebアプリ開発

サイゲームスでは運用タイトルのシナリオをチームで制作しています。シナリオ制作には、サウンドチームやスクリプトチームなどの他部署との連携が必要ですが、データの受け渡しや管理の方法が煩雑になりがちです。そこで、すべてのデータを一元管理できるWebアプリを、シナリオチームと開発運営支援との共同で開発することに。今回は、シナリオ制作の大幅な効率化に成功したアプリ開発の担当者2人に話を聞きました。

※サイゲームスの技術カンファレンス「Cygames Tech Conference」で発表され、動画を視聴いただいた方に好評だった「こえぼん」についてのご紹介です。本記事では担当者に基本機能をあらためて説明してもらうとともに、開発の経緯や現場の使用感、今後の展望などを聞きました。

開発運営支援ヒデトシ
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開発運営支援所属のエンジニア。Cygames ResearchでAR/MRにおけるポジショントラッキングやカメラ画像処理によるユーザーインターフェースなどの研究に携わったのち、開発運営支援に異動。現在は社内向けのWebアプリの開発を担当している。
シナリオチームチエミ
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シナリオチームのサポート担当。主に進行管理や窓口業務など、ライターが業務をしやすいように支援する役割を担い、チームが作成したシナリオやボイスデータを管理するツールの作成を開発運営支援チームに依頼した。

チームをまたいだシナリオ制作の全工程を
一元管理できるシステムが必要だった

初めに、シナリオ制作がどのような工程で進むのか教えてください。

チエミ シナリオ制作は、基本的に下図のような手順で進みます。

まずは、シナリオチームの執筆担当者(シナリオライター)が、シナリオを執筆し、原稿を作成します(執筆)。続いて原稿を監修者に渡し、監修作業を行います(監修)。監修は、シナリオの内容がゲームの世界観やキャラクターの設定に沿っているかをチェックする作業です。修正すべき箇所があれば、シナリオライターにフィードバックして手直しし、再度監修者がチェックして……という作業を繰り返して原稿が作られます。

監修済み原稿が出来上がると、サポートスタッフがテキストの品質をチェックします(品質チェック)。主に誤字やおかしな表現がないことを確認する作業です。そしてチェック済みの原稿から音声収録のための収録台本を作成し、この収録台本を用いてキャラクターボイスを収録します(音声収録)。

収録後の音声は、サウンドチームによってセリフごとのファイルに切り分けられ、ノイズカットや音量調整を済ませてから、対応するセリフと音声ファイルが紐付けられます。また、セリフの音声を聴きながら、セリフと音声が一致していることを確認する作業も行います(音声検収)。最後にスクリプトチーム(※)が、セリフと音声がそろったデータを利用して、キャラクターに表情やしぐさなどの演出をつけます(演出)。

※スクリプトチーム……キャラクターの会話シーン作成に特化したスクリプト言語を使って、キャラクターの動きや表情の変化、場面演出を設定する役割を担う

この一連の作業について、どんな課題があったのでしょうか?

チエミ シナリオチームが扱うデータは、主にシナリオやセリフのテキストデータと、声優さんに演じてもらったセリフを収録したボイスデータです。以前はこれらのデータを、Excelで管理していました。この方法だと、目的のデータを探したり取り出したりする際にファイルやフォルダーをたくさん開かなければならず、非効率な部分がありました。

特に問題だったのがボイスデータの管理で、基本的に1つのセリフに対して1つのボイスファイルを作るので、1つのイベントでキャラごとに100個くらいファイルが出来るのです。音声検収の工程では、それらを一つひとつ開いて、ファイルと中身が合っているかや、ボイスがシナリオ通りに収録されているかどうかを、Excelのリストと突き合わせながら確認していました。

これを一元管理して、なおかつ自動化できる部分は自動化したいということで、開発運営支援に相談したのが、「こえぼん」開発のきっかけです。

ヒデトシ 私が参加する時点で、実は「こえぼん」には執筆や台本印刷などの基本的な機能が備わっていました。ただ今後の機能追加や拡張にあたって、改めて開発運営支援という組織として「こえぼん」を開発・運用していけるようにする必要があると考え、現場のニーズにきちんと応えていけるよう、シナリオチームと打ち合わせを重ねて、現場の詳細なワークフローの確認や、求められているサービスの全体像をイメージしていくところから着手しました。

チエミ 打ち合わせの場であらためて、シナリオライターだけでなく、監修者やスクリプターなど、シナリオ制作に関わる各部署の要望を洗い出して、実装してほしい機能を伝えました。例えば、シナリオライターであれば複数のストーリーをまたいで表記揺れ(※)をチェックできるようにしたいとか、これまではスクリプトチームに渡すデータを別途用意していたので統合したい、といったことです。

※表記揺れ……同じものごとが、登場箇所によって「にんじん」「ニンジン」「人参」など異なる表記になっている状態のこと

それだとファイル管理の手間も大きいし、ミスも起こりやすいと。

ヒデトシ はい。最優先してほしいと言われたのは、セリフの検索機能ですね。従来でもストーリー単位の検索は行えていたのですが、これに加えて、検索条件の文章にマッチするセリフを抜き出し、ストーリーを横断的に検索できる機能がほしいとのことでした。

チエミ それから、シナリオの収録台本の書き出し機能ですね。以前は台本のプレビューページをPDF形式で書き出す仕様だったのですが、ファイルサイズが大きくなりがちで、メールに添付して声優さんの事務所に送るには重かったんです。それを軽くするようにお願いしました。あとは、台本にテキストや画像で補足を入れたい場面が多々あるので、その追加ができるようにしてもらいました。

現場の声を大切にして開発方針を決定
「こえぼん」の代表的な8つの機能

開発運営支援としては、シナリオチームからの要望を受けて「こえぼん」を開発するにあたって、どのような方針で取り組むことにしたのですか?

ヒデトシ 先ほど言ったことと重なりますが、現場の声を最優先することですね。シナリオチームにヒアリングした結果、「シナリオ制作工程の全般をサポート」する機能が必要だと判断しました。具体的には、Excelでの管理をやめ、検索性を高くし、かつ各部署との連携にも使えるものが理想だったので、これらの作業を一元的に管理・実行できるWebアプリにするのが良いだろうと考え、優先度の高い機能から実装していきました。

チエミ 現状で「こえぼん」にはシナリオ関連で必要な機能はほぼ網羅されていて、実際に現場で活躍しています。現在は、細々した要望を逐次挙げて、改善してもらっている状況です。

「こえぼん」の使い方を教えてください。

ヒデトシ 「こえぼん」は、下図の8つの機能を搭載しており、シナリオ制作の全工程をサポートするアプリとなっています。

■「こえぼん」の機能一覧

  1. シナリオの執筆サポート
  2. シナリオの監修
  3. 更新履歴とロールバック
  4. シナリオの検索
  5. 品質のチェック
  6. 収録台本の作成
  7. 音声ファイルの管理と音声検収
  8. シナリオデータの出力

1.シナリオの執筆サポート

ゲームのシナリオには、指定された文字数・行数を超過しない、NGワード(※)をしゃべらせない、キャラクターが使う呼称(あんた、お前、キミなど)を統一する……といったルールがあります。シナリオライターがこれらのルールをすべて把握して執筆するのは大変なので、執筆したシナリオがルールに沿っているかどうかをチェックする機能が搭載されています。

※NGワード……商標権など他社の権利を侵害する恐れのある単語や公序良俗に反する表現など

▲最大文字数30、最大行数3のエラーなし(青)、文字数超過の警告(黄)、エラー(赤)表示の様子

2.シナリオの監修

以前のシナリオ監修作業は、執筆済みシナリオを印刷し、監修者がコメントを入れて、そのコメントをもとに関係者で集まって会議を行う形式でした。この監修作業自体を「こえぼん」上で行えるようにしました。

そのためにまずは、従来の監修作業と同様に、執筆済みのシナリオ原稿に監修者が文章例とコメントを記入できるようにしました。また、監修時の原稿と最新の原稿を見比べられるようにし、監修前後のテキスト差分も表示できるようにしています。

▲監修機能の一部

3.更新履歴とロールバック

シナリオ全体をチェックする際、執筆から監修完了までの一連の更新を見て、どのような修正が入ったかを確認したい、あるいは、意図しない変更に気付いたときに担当者に理由を尋ねたい、といった場面があります。

「こえぼん」では、これらの作業をスムーズに実行できるように更新履歴機能を閲覧できます。いつ、誰が、どのような更新を行ってきたのか、時系列で詳細に確認できます。また、シナリオを過去の状態に戻したいときに、ボタン1つで戻せる「ロールバック」機能を搭載しています。

▲更新履歴機能の一部
▲更新前後のシナリオの差分も画面に表示可能

4.シナリオの検索

シナリオ執筆時、キャラクターの過去の発言と矛盾がないかを調べたい、過去に特定の単語をどのように表現していたのかを知りたい、といった場面で既存のシナリオを検索する必要があります。従来のExcelでの管理では、複雑な条件で検索することが難しいという課題がありました。

そこで「こえぼん」では、シナリオとセリフの情報を組み合わせて、柔軟な検索を行えるようにしています。シナリオ情報については、シナリオが所属しているカテゴリー、タイトル、ステータスなどを条件として指定でき、セリフの情報については、特定のキャラクターによるセリフパターンの検索などが行えるようにしています。

この他、「こえぼん」では背景やスチル画像の情報も管理しているので、特定の背景が使われているシナリオ一覧を取得するといったこともできます。

▲シナリオ検索機能の一部

5.品質のチェック

品質チェックとは、文章内の誤字や表記揺れを見つける作業のことです。誤字は注意深く読まないと見つからないし、表記揺れの検出はすべての文章で確認する必要があり、作業が大変です。そこで「こえぼん」には、AIによる誤字や表記揺れの検出が行える機能が搭載されています。表記揺れの検出では、それぞれの表記がどういった比率で使われているかといった情報や、それぞれの単語が登場するセリフを一覧で確認できます。

▲AIによる表記揺れ検出結果

6.収録台本の作成

こえぼんの導入前はExcelファイルを変換して収録台本を作成していました。変換作業自体も手間である他、シナリオと別で管理されているスチル画像を手作業で配置する必要がある、少しのセリフ変更が入るたびに、収録台本の作り直しになる、といった課題がありました。

そこで「こえぼん」では、ボタン1つで収録台本を書き出せるようにしました。収録台本をWord形式にすることで修正を容易にし、書き出し前にプレビューを確認する機能や、指定したキャラクターのセリフだけを強調表示する機能も備えています。

▲「こえぼん」の収録台本作成機能

7.音声ファイルの管理と音声検収

サイゲームスでは、シナリオチームがシナリオデータを、サウンドチームが音声ファイルを管理しています。シナリオと音声を関連付ける場合、チームをまたぐコミュニケーションが発生するため、スムーズな作業が行いづらい面があります。

また、管理するファイル数が膨大になると、関連付けの作業そのものが大変になります。そこで「こえぼん」には、シナリオと音声ファイルを簡単に関連付けて管理できる機能が搭載されています。「こえぼん」にアップロードした音声ファイル名を、対応するセリフの音声ファイル名の欄に記入するだけで対応が完了します。また、音声収録が必要なセリフにのみ、自動で音声ファイル名を連番入力する機能もあります。

背景画像やスチル画像も同じ要領で関連付けられます。加えて、「こえぼん」の画面でシナリオを表示しながら関連付けられた音声を再生できるので、音声検収作業もスムーズです。

▲音声ファイル管理機能の一部
▲関連する音声ファイルとシナリオが表示される

8.シナリオデータの出力

「こえぼん」からは、キャラクターのセリフと音声ファイル名の一覧といったシナリオデータファイルが出力可能です。その他、背景画像の指定や、選択肢によるシナリオ分岐の情報も出力されます。出力するファイルの形式は、json、xlsx、csv、tsvに対応しています。

こうしたファイルは主に、会話シーンの演出付けを行うツールの入力データとなり、また、デバッグ時のチェックリストとして使われています。「こえぼん」はシナリオのデータを一元管理しているので、用途に合わせたさまざまな出力が可能となっています。

▲シナリオデータファイル。シナリオのタイトルやカテゴリー、キャラクターのセリフや音声ファイル名の一覧が出力される

「ミスの発生率が大幅に減った」
導入によって得られた効果と今後の課題

「こえぼん」の導入によってどのような効果が得られましたか?

チエミ やっぱり、ファイル管理が一元化されたのは大きいですね。ミスの発生率が大幅に下がった実感があります。監修や品質チェック、音声検収といった他部署との連携もスムーズになって、手戻りが減って作業が効率的になりました。

シナリオライターからの評判が高いのはNGワードがエラーとして表示される機能です。これは本当に便利です。書くときに意識せずともシステム側がチェックしてくれるのは助かります。呼称の統一といった検索もそうですね。これまではExcelでリスト作ってそれを毎回開いて突き合わせていましたが、1つの画面上でできるのは楽です。表記揺れについても、色々なシナリオをまたいで統一するのがすごく簡単になりました。

ヒデトシ 手間が減って作業効率が上がると、それだけクオリティーアップに使える時間が増えますよね。「こえぼん」が良いシナリオを書くことに貢献できているのであれば何よりです。

チエミ 実際、『ウマ娘 プリティーダービー』では衣装名やスキル名なども含め、シナリオに関するあらゆるものを「こえぼん」で書いています。プランナーに情報を共有したいときも、「こえぼん」のみで完結するので本当に助かっています。

部署間連携でアプリ開発に取り組んだ感想を教えてください。

ヒデトシ 現場の声を拾ってかたちにすることが大切だなと。今、シナリオチームと我々でミーティングを隔週で開いているのですが、実装の優先度を決めるために必要な情報は、直接要望を聞いたりフィードバックをもらったりと、じっくりヒアリングしていく中でわかることがあるので。

チエミ すり合わせは大事ですね。シナリオ側の視点であの機能も欲しい、この機能も欲しいという要望がたくさん上がるのですが、開発運営支援の人と話し合うことで精査されるというか、本当に必要なものが見えてくることがよくあります。要望として上げたものの、よくよく考えると「必要なし」となることもありました。

「こえぼん」に関して今後解決していきたい課題はありますか?

チエミ 現状でも、以前よりかなりシナリオを書きやすくなってきているのですが、欲を言えばもっと自動化したいところもあります。シナリオライターとしては「書く」ことだけに専念できるとありがたいです。NGワードのチェック機能のように、意識しなくても「正しい」シナリオを書けるのが理想です。

ヒデトシ 意識しないで書けるという意味では、入力作業自体はみなさんExcel時代に身に付いているものが多いと思うので、ショートカットなどの操作性をExcelに近付けたいと思っています。

チエミ それは助かります。

ヒデトシ あとは、誤字や表記揺れの検出の精度をもっと上げたいですね。より人間が行うチェックに近いものを実現できればと思います。

それから、個人的にはパフォーマンス面を改善したいですね。現状だと、Webアプリにありがちなデータ保存時の若干のもたつきがあるので、Excelに引けを取らないキビキビした書き味というか挙動にできればと思っています。


以上、開発運営支援とシナリオチームの連携で生まれたツールについてご紹介しました。このような部署間連携をすることによってクオリティーを高め、みなさんに最高のコンテンツをお届けできるように日々改善しています。今後もご期待ください。