30周年を迎えた「草薙」Cygamesアニメを支える背景制作とは?
サイゲームスは『GRANBLUE FANTASY The Animation』や『プリンセスコネクト!Re:Dive』、『ゾンビランドサガ』など多数のTVアニメの制作に携わっています。アニメの世界観を作る上で欠かせないのが「背景」です。
サイゲームス作品の他、これまで著名なTVアニメや映画の背景を手掛けてきたグループ会社の「草薙」は、2020年10月で創立30周年を迎えました。須江信人代表取締役社長に、草薙の技や背景制作に向いている人について聞きました。
- 草薙 代表取締役社長須江信人
- 背景制作会社勤務を経て、1990年に現在相談役の中座洋次と執行役員・美術統括の小倉一男と背景制作会社「草薙」を設立。TVアニメ『ウマ娘 プリティーダービー』や『GRANBLUE FANTASY The Animation Season 2』といったサイゲームスタイトルの他、『天気の子』など数多くのTVアニメや映画の背景を担当。
「草薙」設立30周年!
アニメを中心にゲーム背景も制作
まずは設立当時について教えてください。
今は相談役の中座洋次の声かけで、執行役員で美術統括の小倉一男と私の3人でスタートしました。初めはアニメ制作会社の一角を間借りして、本当に狭いスペースに席を置いて作業していました。3人だとTVシリーズはできないので、間借りしている会社のOVA(オリジナルビデオアニメーション)の背景を制作しているような感じでしたね。
ゲーム業界と関わるきっかけは何だったのでしょうか?
当時流行ったスーパーファミコンをやったりゲーム雑誌を読んだり、元々みんなゲーム好きではあったんです。
アニメは2秒でカットが変わることもある世界ですが、ゲーム背景は画面にずっと表示されるので、持っている技術を活かしてゲーム背景を制作できないかと思うようになりました。
それから描いた背景をゲーム会社に売り込んでいたのですが、当時はまだ「ドット」の時代で……。「精密なイラストを描かれても再現できないから必要ないんだよね」と軒並み撃沈でした。そんなとき、スクウェア・エニックス(当時スクウェア)さんが『ファイナルファンタジー』シリーズをプレイステーションに移行するということで、ゲーム雑誌にデザイナーの求人募集をかけていたんです。すると中座が「ここに出そう!」と。個人向けの募集だったと思いますが「やるだけやってみよう」と会社として応募しました(笑)。
背景を送ったら次の日にはご連絡をいただき、そこからアニメだけでなくゲームのデザインにも業務の幅が広がりましたね。
当時は手描きで絵を描いていたと思いますが、草薙は早い段階からデジタルを取り入れたそうですね?
はい。設立当初は画用紙に絵具で描いていましたが、ゲームの仕事をするようになってデジタルに移行しました。といってもゲームとは異なりアニメ業界での納品はまだ紙でしたので、デジタルで描いたり加工したりしたものをカラーコピーで出力するという摩訶不思議なことをやっていました(笑)。
当時、アニメは撮影台に紙とセルを合わせて撮影した時代だったので「データで渡されても困る」と。社内ではデータでやり取りしていましたが、撮影用に画用紙に出力していました。
デジタルで初めに多かったのは、昼間の背景の夕方や夜差分を作る仕事ですね。それまでは同じ場所でも時間違いの絵は手描きで1枚1枚描いていました。それがデジタルになると、まず影の情報が少ない昼を描いて、それをコピーして夕方や夜の影・色の違いを描けるようになったので効率化されました。
2016年にサイゲームスの子会社となりました。当時の社内の様子を教えてください。
初めは「今後はゲーム背景だけで、アニメの仕事はできなくなるのだろうか?」と心配でした。
ただ、渡邊(耕一)社長にお会いしたときに「草薙は草薙で業績を上げているから、現状維持で構いません」と言われました。「サイゲームスのゲームがアニメになるときに、力を貸してくれるとうれしい」というのが始まりで、うちはうちで今までやってきたことを続けていけるのだと思いました。
以前からサイゲームスは『神撃のバハムート』で勢いのある会社だなという印象だったので、これからの新しい仕事も楽しみでしたね。
2秒で「良い!」と思えるものを
TVアニメ『GRANBLUE FANTASY The Animation Season 2』の背景
TVアニメ『GRANBLUE FANTASY The Animation Season 2』は草薙が背景を制作していますが、ゲームの世界観がアニメにも活かされていましたね。
すでにゲームはリリースされていたので、デザインのテイストは基本的にゲームを踏襲しました。ゲームが基になっているアニメ案件は、「世界観を思い切り変えてほしい」と要望があった場合は変えることもありますが、基本はゲームで描かれた世界観をアニメでも表現するようにしています。
ゲーム背景で描かれていない部分は、アニメで補足することも多いのではないでしょうか?
物語の中で重要な場所は普段のアニメ作品と同様、美術設定(背景の設計図となる線画のデザイン)を起こしました。美術設定は後のあらゆる作業の大元になる資料で、これを基に全体の色彩を決めたり、カメラアングルが切り替わった際の整合性を取ったりするのに使われます。
特に印象に残っているシーンを教えてください。また、背景を制作する上で大切にしていることは何でしょうか?
苦労したのはガロンゾ島ですね。ゲーム以上にアニメはお話が広がったので。部屋の間取りやお城の中の構造などは美術設定を作りました。
アニメを見てくださっているみなさんが「いいな」と思う絵は、大体2秒で判断していると思うんですよ。カットがすぐ切り替わることもあるので、やっぱり背景はパッと見たときの印象値が大事。よくよく見たらすごく丁寧に描いてあるじゃだめなんです。あざといようでも、見栄えをどれだけ良くするかは常に意識しています(笑)。
『グランブルーファンタジー(グラブル)』はゲームの背景が素晴らしいので、色感や作り込みなど、ゲームで使われている手法を学べたことは会社としての大きな成長に繋がりました。
3DCGで効率化
最先端の背景制作
草薙の特徴として、アニメやゲームデザインの他、背景制作の過程に3DCGを取り入れていることが挙げられると思います。背景制作の過程に3DCGを取り入れたのはいつ頃でしょうか?
ゲーム業界と関わってきたこともあり、早いうちから3DCGの背景活用に可能性を感じていました。アニメに登場する主要な場所を3DCGで空間ごと作れば、欲しいアングルからの背景をすぐに確認できるからです。
そのため草薙では早くから3DCGデザイナーを採用していましたが、TVアニメでは珍しい手法だったので、物量が増えたのは3年くらい前からでした。最近は業界に活用法が浸透してきて、3Dモデルありきで背景制作をしていくようになりましたね。
TVアニメ『プリンセスコネクト!Re:Dive』の3DCGの活用例を教えてください。
【美食殿】のギルドハウスや主人公たちがよく行くレストランの3Dモデルを作りました。従来は俯瞰の美術設定を1枚描いて、それを基にカットのアングルに合った背景を想像で描くというやり方で制作をしていました。それが3Dモデルで空間を作ってしまえば、欲しいアングルからの背景がすぐに見られます。作業を効率化できるのがメリットですね。
このレストランは特に形が複雑です。カットごとの角度から見た背景を想像して描いていく労力を考えたら、3Dモデルを作ったほうが効率的だと思いました。TVシリーズは劇場作品と異なり、細かく作り込んでいると毎週の放送に間に合わなくなってしまうので、スケジュールとの兼ね合いでクオリティーの落としどころを上手く調整して描いていく必要があります。そんな中、3Dモデルで瞬時に見たい位置へカメラを動かして2Dの背景を起こしていけば、作業時間が短縮できるのでリッチな映像が実現できます。
レストランの3Dモデルができるまでどれぐらい時間がかかりましたか?
1か月ぐらいですね。普通1つのモデルを作るのに半月くらいなので、1か月かかるのは結構大掛かりです。机と椅子、ランプは同じものを配置すればいいのですが、部屋全体は繰り返しのパターンがほぼなく、曲線もあるので細かな調整が必要でした。ただ、その後の背景を作る流れを考えると3Dモデルを作る価値が十分にある場所でしたね。
3Dモデルに沿って背景を描く際の注意点は何でしょうか?
難しいのは、「アニメ的な嘘」をつくことです。絵コンテで示された画角に沿って3Dモデルの角度を決めると、必ずしも背景が絵コンテの通りに映らない場合があります。ただ、3DCGの見た目が現実的に正しいからといって、その通りにアニメの背景を描けばいいわけではありません。
例えば奥にあるテーブルをもっと手前に置いてほしいとなったとき、その場所に合わない大きさであれば適切に変形させて再配置します。これは3Dレイアウトのノウハウがないとなかなか難しいですね。
監督の要望に「3Dだとこうなのでできません」と言うのではなく、柔軟に調整することが大切です。他にも、頭の後ろに窓のさんが来るような「串刺し構図」にしてはいけないとか基本的な決まりを把握したり、監督からの要望に工夫しながら対応したりすることで3Dスタッフのスキルが向上していきます。経験を積めば、絵コンテを見ただけでどんな背景が必要になるか自分で考えられるようになるので。
絵としての印象値と3Dモデルの整合性を図るのは難しいのですね。【美食殿】のギルドハウスにも工夫が凝らされているのではないでしょうか?
ギルドハウスでは美術設定から3Dモデルにする際、階段の段数を変更しました。3Dにする場合、階段は必ず1段20cmほどのリアルスケールで作っています。そうやって実際の大きさに当てはめていくと階段の段数が少なかったので増やしました。他にはテーブルや椅子もベースとなる長さを決めて作っています。
「絵を描くのは好きですか?」
美術設定と背景美術に向いている人
30年背景を制作されてきた草薙の強みはどこでしょうか?
背景制作会社としては大所帯の約60人のスタッフがいるので、それぞれの特性を活かして豊富なバリエーションの絵を提供できることですね。うちは各スタッフの個性を否定せず、その人なりの正解を求めて表現してもらえば良いというスタンスなので。
一緒に働く人として、どんな人に来てほしいですか?
草薙では、美術設定を考えるスタッフと背景に色を塗る背景美術のスタッフ、3DCGスタッフとで職種を分けて募集しています。
昔は美術監督がアニメの美術全般を仕切っており、美術設定を起こして背景美術まで描きあげるマルチなやり方が主流でした。ただ、アニメ業界全体で作品数が多くなったりジャンルごとの特殊性が強くなったりしたことで、徐々に設定をデザインするスタッフとそれを基に背景に着色するスタッフに分かれていった経緯があります。
どちらの職種でも、やはり絵を描くのが好きな人に私は弱いです。やりたい気持ちが強い人は、タイミングこそ違えど必ず伸びるので。1日中机に向かって黙々と作業をする仕事なので、やりたい気持ちが一番重要です。
背景美術に向いているのはどんな人でしょうか?
背景美術は、空間を魅力的に表現するために色使いをコントロールできる人が求められます。
基本の色使いはもちろんありますが、明るさを調整したり、色のメリハリを強くしたり、目立たせたいものを誇張したりすることで、絵としての魅力を高める。それが背景マンの醍醐味なので、そういうところに興味がある人は向いていると思いますね。
美術設定の仕事に求められる資質はどのようなものでしょうか?
私自身がやっていることを例にすると、日常からいつもどっちの方角を向いているか意識しています(笑)。普段、椅子に座るときも「南向きに座るのか」なんて。
というのも、美術設定を起こすとき、ファンタジーならともかく現代劇で秋葉原とか新宿とか実在のロケーションが出てきたとき、光の方向が実際と違ったら違和感がありますよね。架空の場所でも東西南北を意識して美術設定を起こせば整合性が取れるし、光と影の方向がカットごとに違うなんてミスを防げます。監督によっては方角に関係なく「この向きで光が欲しい」と指定される方もいますが、そうでなければ全部こちらで設計する必要があるので。
3DCGデザイナーについてはいかがでしょうか?
特に美術設定や背景美術の着色ができて3Dのツールも使えるのはとても強い武器になります。背景制作に3DCGが活かされる機会はこれからも増えていくでしょうし、そういうスキルを持った人が重宝される時代になると思います。
最後に、背景制作を目指している方へメッセージをお願いします。
アニメ業界はゲーム会社に比べて作品数が多く、1作品あたりの制作スパンが短い業界なので、いろんな作品に次々と携われます。短期間のうちに多種多様な作品に関わるので、絵を描くのが好きで、絵を仕事にする技術を身に付けて、さらに表現の幅を広げたい人に背景制作会社は向いていますね。
技術がずば抜けていればどこででもやっていけるのでしょうけど、そうでなくても大丈夫です。確かに採用基準に手掛けた作品の数やクオリティー、提出されたポートフォリオの質などはありますが、何度も言うように草薙で重視しているのは絵を描くのが好きな気持ちです。描くのが本気で好きな人に対しては「一人前の背景制作者に育てよう」といつも必ず思っているので、描き方をきちんと教えていきます。
背景が魅力的なたくさんの作品が世に生まれるよう、同じ志を持った方が仲間になってくれるのを楽しみにしています。
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©GRANBLUE FANTASY The Animation Project
© アニメ「プリンセスコネクト!Re:Dive」製作委員会