Cygames Research研究日誌 #21 ~就職活動をするみなさんへ~
サイマガ読者のみなさま、こんにちは。
Cygames Research所長の倉林 修一です。Cygames Researchとは、最高のコンテンツを生み出すためにサイゲームスが設立した基礎技術研究所で、この連載記事では、当研究所での研究成果や活動をご紹介しています。
先月、先々月は、ゲーム開発に役立つ深層学習技術/機械学習技術として、Transformer、GAN、NeRF、ANNという4つの技術をご紹介しました。どの技術も日進月歩で進んでおり、査読前の論文を公開するためのプレプリントサーバであるarXivには、文字通り毎月数千件の論文がアップロードされています。
この分野で最先端を把握し続けるのは大変ですが、この4つの技術の有用性は今のところ非常に手堅いと考えられるため、学生のみなさんが今年度に勉強する技術としてもおすすめです。みんなが注目する技術には、それに適した公開用のデータセットも豊富に提供されているため、実験による試行錯誤もスムースです。ぜひ、チャレンジしてみてください。
さて、今月は年度始めにして、就職活動が活発化する4月ということもあり、「就活」についてお話しできればと思います。最近、学生のみなさんとZoomやSlackでお話しをする中で、コロナ禍2年目で大学内の縦の先輩後輩の繋がりが希薄化し、アルバイトも少なくなって社会との繋がりも弱くなり、「働くって、何だ?」という感じで悩んでいる方がすごく多いことに気付きました。研究者として大学でも企業でも働く者として、学生のみなさんのお悩みに答えつつ、就職活動とは何か、を一緒に考えてみたいと思います。
就活は人としての価値が判断されるものではない
日本で初めての就職協定が締結されたのが1953年で、学生が3年生や4年生時に就職活動を始める、というカルチャーは70年くらい前に始まった現象です(就職協定の歴史については下記文献が詳しいです)。新卒一括採用とも深く関係するこの就職文化は、実のところ過去の産業構造に強く依存したイベントと考えられます。
- 中島 弘至, 就職協定(就活ルール)の通史的分析, 大学経営政策研究, 2019, 9 巻, p. 157-173, 公開日 2022/03/31, Online ISSN 2436-6196, Print ISSN 2185-9701, https://doi.org/10.51019/daikei.9.0_157
今となっては想像がつかないかもしれませんが、約70年前(1955年)の日本の労働人口の41%は第一次産業(農業、林業、鉱業、漁業など)に従事していました(図1)。一次産業の多くは家族経営であったため、就職とはすなわち家業に参加することでしかありませんでした。この時代では、職業人として生きるというのは文字通り働くということであり、雇用契約を締結することではありませんでした。都心と地方の産業構造の差を無視してざっくり言えば、小学校・中学校の同級生の10人中4人は地元で第一次産業に従事するという進路選択だったのです。
これはなにも戦前の話ではなく、サンフランシスコ平和条約の発効が1952年ですから、その3年後の話です。つまり、戦後日本のスタート地点では、日本は一次産業の国だったのです。「技術立国日本」というコンセプト(最近はあまり聞かなくなりましたが)は、1955年のときにはいまだ存在していませんでした。この時代の就職では、家業への参加にESの提出は不要ですし、父母に向かってガクチカ(学生時代に力を入れたこと)を語ってみたり、見ず知らずの他人とグループ面接をしてみたり、自分の強み弱みを二軸マトリクスにしてプレゼンする必要はなかったわけです。
その後、1960年代から1970年代の高度成長期と連動するように毎年1〜2%の割合で一次産業従事者の割合が減少していき、おおよそ1991年に始まるバブル崩壊後の不況、アジア通貨危機、金融危機などの20年間の日本経済後退の中でも、2000年に底を打って5%にまで減少します。一方で、第二次産業は1975年くらいをピークとして2000年には微減傾向にありました。第三次産業に至っては継続的に増加しています。今、就活をしている学生のみなさんは、この「一次産業従事者の割合が底を打った時代」に生まれた方が多いはずです。つまり、みなさんは、「日本の労働人口の95%が何らかの事業体と雇用契約を結んでいる」という圧倒的企業文化の時代に生まれたのです。
現実には、我が国の中で、20代前半の若者が自分の生き方を数か月で一斉に決めるというイベントが行われるようになったのは、ここ50年間の産業構造の変化がもたらしたものに過ぎず、決して当たり前の話ではないのです。
もし現在の就活に強い違和感をお持ちの方がいらっしゃれば、その違和感を無視したり否定したり、逆に就活そのものを全否定したりせずに、その違和感を持ったまま、それでも前向きに就活に取り組んでほしいと思います。現状への違和感こそが社会をより良い方向へ変革する原動力です。今の違和感を未来の改善に繋げることで、みなさんは就職先の企業にきっと新しい価値をもたらすことでしょう。
働くことの本質は、自らの肉体と頭脳で価値を生み出し社会に貢献していくことであり、就活の目的は、自分にふさわしい職業と職場を見つけることにあります。就活とは、数多くの企業から内定を受け取ることを目的とした活動ではないのです。確かに、友達の就活の進捗や内定の数はどうしても気になってしまうかもしれませんし、自分の内定状況にどうしても一喜一憂してしまうかもしれません。しかし、内定の数や有無は決して学生のみなさんの価値を決めるものではないということを、ぜひお伝えしたいと思います。自分の天職を1つ見つけることができれば就活は大成功なのです。ぜひ、色々な企業の方々と知り合い、友人とも議論をして視野を広げ、この社会をより良くするために、自分が何をするべきかを見出していってください。
その就活の中で、魂をすり減らす必要はないのです。就活での内定の数は、みなさんの人生全体から見れば、瑣末な要素でしかありません。恐れることなく、また、過度に傷つくことなく、この就活を乗り切っていきましょう!
就活は旅の同行者探しのようなもの
内定が得られなかったりすると、まるで自分が否定されてしまったかのように感じるかもしれません。そんなときは、「受験と就活とは、全く別のものだ」と理解しておくことが大切だと、私は考えています。就活をある種の「能力試験」だと勘違いしてしまうと、自己否定に繋がってしまいがちです(とはいえ、実は採用する側も能力試験と採用試験を勘違いしているケースが散見されるので難しいのですが)。
基本的には「一緒に働く人材として相応しいかどうか」を確認するのが王道です。同時に、就活生には「この会社の人たちは、自分と一緒に働くのに相応しいだろうか」という判断をする機会にもなります。そのため、就活は、パス/フェイルを決めるような試験ではなく、「長い旅の同行者を探すマッチングイベント」のようなものなのです(異世界転生に例えると冒険者ギルドのパーティ編成です、と書こうと思ったのですが、軸がぶれるのでこの程度にしておきます)。
旅の同行者は優秀な方が心強いですが、その優秀さよりも何よりも大切なのは「行き先が同じこと」です。どんなに優秀でも、どんなに実績があっても、行き先が違う人と旅を同行することはできません。ですので、内定が出なくても「行き先が違ったんだな」くらいの認識でOKなのです。世の中にたくさんの会社があるのは、すべて行き先がちょっとずつ違うから、という側面があります。もし、世の中の企業すべてが1つの方向性に向かって進むようなら、産業界の多様性は全く生まれなくなってしまいます。自分に合った行き先の会社を就活を通じて探す、内定が出ない場合は「この行き先ではなかった」と思う、そういう感覚が必要ではないでしょうか。
ただ、具体的にやりたい仕事がわからない不安や、他人と比べて焦る気持ちはどうしても消えませんよね。そこで、やりたい仕事を見つける方法と、焦らない方法を最後にご紹介しましょう。
やりたい仕事がわからないときの対処方法
その気持ち、よくわかります。自分のやりたい仕事がわからないという状況は、決して不自然なことではありません。働く前にやりたい仕事がわかる、というのは現実的に難しいものです。そんなときにおすすめの方法が「客観的に仕事を知る」ことです。
インターンシップに行ってみたり、その仕事を題材にした小説を読んでみたり、その仕事のノンフィクションを読んでみたり、TVのドキュメンタリー番組を見てみたりなど、色々な方法で職業を知ることができます。フィクションには真理があり、ノンフィクションには事実がありますので、両方に触れることが有益です。ちなみに、大学教員を題材にした小説では、かなりの割合で殺人事件や怪奇事件の相談が(なぜか警察から)変わり者の准教授に舞い込むので、実は今でも私はひそかに期待しているのですが、いまだに1件も相談がありません。ただ、教員の仕事に事件解決はなくとも、世の中の疑問・奇問・難問に科学の力で光を当てていくという仕事である点では、フィクションと現実は同じでした。みなさんも、ぜひ色々なジャンルで仕事を知る機会を得てください。
このフェーズでは、「やりたいかどうか」という自分の気持ちは一旦脇において、「その仕事の何が社会の役に立っているのか」という点で仕事を調べてみることをおすすめします。世の中に不要な仕事はありません。どんな仕事にも価値があり、社会の需要があり、仕事に従事する人たちの努力があり、仕事の喜びがあるのです。その仕事の価値・需要・努力・喜びを、自分なりに文章としてメモしてみましょう。ごくごく簡単なメモで良いと思いますが、ある程度しっかり書いておくと、ESの志望動機を書くときに必ず役に立ちます。そして、実際に30〜50件くらいの仕事をメモとしてまとめてみると、「この仕事、面白そうだな」と思えるものがいくつか見つかるはずです。
面白そうな仕事が見つかったら、インターネット検索や新卒情報サイトの検索機能を使って、その仕事に携わることができる企業を検索してみましょう。企業それぞれに特徴がありますので、自分に合いそうな企業、好きな企業、給与の高い企業、知り合いがいる企業、有名な企業、近所の企業、住みたい外国の企業、などなど、自分の感性で応募する企業を選んでみましょう。このような方法で、やってみてもいいんじゃないかと思える仕事と、入ってもいいんじゃないかと思える企業が見つかれば、さらに詳しく調べていけるはずです。
優秀な同級生に焦りを感じてしまうときの対処方法
その焦り、よくわかります。私よりも優秀な研究者は世の中にたくさんいますので。ただ、「あること」に気付けば、焦る必要は無いんだと実感できるかもしれません。そのあることとは、「優秀な同級生と自分は、同じ企業の同じ部署で同じ仕事を担当するわけではない」という事実です。つまりは、世の中に一人分のポジションしかない職業を目指すのではない限り、優秀な他人は自分の就職の障害にはならないのです。
もしもみなさんが世界で唯一の職業に今すぐなりたいという場合、例えば、合衆国大統領とか、日本国総理大臣などに今すぐなりたい場合は、優秀なライバルに焦りを感じざるを得ません。しかし、ほとんどの職業は世界で何十万人もの人が就業しているので、焦る必要は全くないのです。椅子はたくさんあるのです。世界一のお医者さんも1人ですべての診療科を担当することはできないし、世界一の弁護士さんも1人では裁判ができません。少なくとも裁判の相手となる法曹資格者と裁判官が必要です。
ゲーム開発も、1人ですべてを作るのは極めて困難です。グラフィックスもシナリオもサウンドもレベルデザインもUIデザインもプロデュースもボイスもプログラミングもカスタマー・サポートも、全部1人でやって世界一のゲームを作るのは不可能でしょう。世界は、色々な能力の人が、さまざま視点や価値観を持って、多様な方向性で仕事をするから回っているのです。ですので、単純な能力の優劣で一喜一憂するのは、この際やめてしまいましょう。それに、私のプロとしての厳しい顔をちょっとだけお見せすると、実は、学生レベルの優劣の差は、プロから見ればほとんど誤差にすぎないのです。そんな誤差を気にするよりは、自分の長所を磨き伸ばすことに力を入れた方が、ずっと建設的です。
加えて、自分から見たときの「優秀さ」と、他人から見た時の「優秀さ」は、異なっているものです。みなさん一人ひとりが、自分の進むべき道で、自分が持っているものを活かし伸ばして勝負すれば良いのです。企業側の視点に立てば、同じような人ばかりを採用するのではなく、幅広い考え方や多様なスキルを獲得しようとしています。世の中は、「多様性」が力になるのです。みなさん一人ひとりが世界に必要とされています。ぜひ、周囲の情報に焦らずに、自分にふさわしい職業を見つけていってください。
ところで
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おわりに
今月はちょっと異色の記事でしたが、現在就活中のみなさんを元気付けられるようなメッセージになっていれば幸いです。みなさんの就活が、悔いのないものになることを願っています。