サイゲームスの企業内研究所 Cygames Researchが目指すものとは?
ゲーム会社の中に技術研究専門の部門があると聞いたら、みなさんは意外に思うでしょうか?それとも当然だと感じるでしょうか。
製造業などでは、自社内に研究開発部門を持つことは一般的ですが、最近ではICT関連業界でも研究開発部門を設立する企業が出てきました。この波はゲーム業界にも及んでいて、実はサイゲームスにも「Cygames Research(サイゲームス リサーチ)」という基礎技術研究部門があります。
Cygames Researchは、サイゲームスの中でどんな役割を担っていて、具体的にどんな研究をしているのか。また、Cygames Researchならではの強みとは何なのか。気になるところを、所長の倉林修一に聞きました。
リサーチ/エンジニアリング/アーティストの
3種類のチームで構成される組織
Cygames Researchの組織構造と各チームの役割を教えてください。
Cygames Research は、サイゲームスが目指す最高のコンテンツ作りを技術面から実現するために設立した基礎技術研究所です。
組織構成としては、グローバルな技術水準での研究を行うリサーチチーム、ゲームタイトルへ問題なく導入できるクオリティーで技術を実用化するエンジニアリングチーム、そして、最先端のVFX(ビジュアル・エフェクツ)を実現するアーティストチームという3種類のチームで編成されています。ただし、ゲーム技術の開発には、この3チームが密に連携することが大切であるため、3チームがほぼ一体として動いている点が大きな特徴です。
3チームで動いているんですね。各チームの詳しい役割を教えてください。
リサーチチームのミッションは、世界のICT企業と同じかそれ以上の技術水準で研究を行い、ブレークスルーを生み出すことです。主な仕事として、基礎研究をし、作り出した技術がどれだけ信頼性があるかを評価して、論文執筆、プロトタイプシステムの実装、そして、特許取得のための活動をしています。海外の大学や研究機関との連携もリサーチチームの重要な仕事です。
エンジニアリングチームは、リサーチチームで生み出した技術を実際のゲーム開発に導入するために必要な実装を担当しています。例えば、研究成果をゲームエンジンのプラグインとして実装したり、クラウド上のサービスとして運用したりといったタスクを担っています。また、エンジニアリングチームに所属するデータベースのスペシャリストは、社内のさまざまなプロジェクトに横断的に関わり、データベースのチューニングなどの専門性の高いタスクを担当しています。
アーティストチームは、コンピューターグラフィックスに代表されるVFXの専門家としてさまざまなプロジェクトに関わり、映像表現のクオリティー向上や、ゲーム用の素材製作のワークフローの改善などを担っています。
本当に価値のある研究をするためには
実務の現場との距離が近いことが重要
ゲーム会社内に研究所があるというのはなかなか珍しいですよね。ゲーム会社が研究所を持つメリットは何でしょうか?
そうですね。そういった会社がICT関連業界にも増えているとはいえ、まだまだ珍しいと思います。その中でもゲーム会社に研究所があるメリットは、現場に極めて近いことです。研究と実務の現場が近いことはお互いにとって非常に有益で、その好例として大学の医学部が挙げられます。医学部は、学部や研究室といった研究の場と、附属病院という臨床(実務)の現場を持っています。研究と実務が連携していることで、学問的な知識だけでなく現場の知見も持った人材を育てられるわけです。
確かに!大学病院自体は誰でも知っていますが、実務の現場という捉え方はしたことがなかったです。
実際に多くの大学では、医学部が論文の発表数でトップであることが多く、また、社会的にも貢献度の高い学部であることは間違いありません。これは医学に限らず、多くの業種に当てはまると思います。私の専門はビッグデータ処理技術、データベースエンジン技術といったICT関連ですが、「本当に価値のある研究をするためには研究と実務が連携する現場が必要」であり、私の専門分野を活かせる「現場」はゲーム業界の中にあると考えました。
数あるゲーム会社の中で、なぜサイゲームスで研究開発部門を立ち上げようと考えたのですか?
サイゲームスを選んだ理由は、「最高のコンテンツを作る」「世界ナンバーワンを目指す」という会社理念が研究の考え方と同じだったからです。論文やその成果というものは「トップレベル」だというだけでは認められません。「ナンバーワン」でなければ意味がないのです。そんな研究と同じ考えを持つサイゲームスであれば「世界でナンバーワンの成果」が出せると思いました。
研究成果の実用化も着々と進行中
国際的カンファレンスでの発表も
実際にCygames Researchの研究成果が取り入れられている事例を教えてください。
ユーザーのみなさんから見える技術としては、アニメ『GRANBLUE FANTASY The Animation』でプロモーション施策としても用いられた「グランブルーファンタジー スカイコンパス」が、特に反響が大きかった事例の1つとして挙げられます。
ここで使ったのは、スマートフォンのカメラで撮影可能なさまざまなものを使って、プレイヤーが「チェックイン」できるようにする技術です。このビジュアルチェックインシステムでは、テレビ放送や店舗に掲出されたポスターのような平面的なものだけでなく、ハンバーガーのような立体的な商品を認識してチェックインすることができます。二次元バーコードなどを使用せずに、テレビに映っている番組コンテンツそのものや、ポスターと設置場所そのものを認識できるので、コンテンツ側を改変することなくチェックインサービスの機能を付与できるのが大きな特徴です。
この施策で採用した技術についての論文は学術的にも注目され、2017年にロシア・モスクワで開催された国際会議Web Information Systems Engineering (WISE) では論文を発表しました。
スカイコンパスのチェックイン機能はコラボ企画でも活用されていましたね。他に事例はありますか?
もう1つ代表的な事例としては、スマートフォンで遊べる対戦型TCG『Shadowverse』のデッキ作成支援ツールサイト「Shadowverse Portal」です。ユーザーが構築したデッキを他のユーザーに共有するためのツールで、通常は40文字以上のコードが必要になるところを、「データを閲覧する行為」にIDを付与することによって、たった4文字のコードでどんなデッキも共有できるようにしました。
コード発行によって、より『Shadowverse』の楽しみが広がった印象があります。ユーザーからは見えない、裏側の技術というものもあるのでしょうか?
もちろんあります。その中の1つが「仮想化技術」です。クラウド上のサーバー1台で、100〜500台分の仮想スマートフォンを高速に起動し、デバッグやゲームバランスの調整などの開発業務を支援しています。これにより、従来はスマートフォンの実機を用いて行っていた作業が大幅に効率化・高速化できるようになりました。この仮想化技術についても、IEEE International Conference on Cloud Computing (IEEE CLOUD) という、クラウドコンピューティング技術に関するトップレベルの難関国際会議において論文を発表しています。
AIによる自動化を促進していくことで
「面白さ」のさらなる追求が可能になる
Cygames Researchとして最も力を入れていることと、具体的に実現したいことを教えてください。
Cygames Researchは、従来のゲーム開発に用いられた技術の枠にとらわれず、デジタルエンターテインメントを実現するうえで本質的な技術として、AI(Artificial Intelligence=人工知能)、UI(User Interface=ユーザーインターフェース)、そして、仮想化技術や大規模並列化技術などを含む「低レイヤー技術」の3つの領域にフォーカスしています。
この3つの領域は、ゲーム企業に限らず、エンドユーザーにICTサービスを提供するあらゆる企業にとって重要です。この3つの領域の中でも特に、Cygames Researchは、AIによる自動化・省力化を、ゲーム開発のワークフローの中に取り込むための技術開発を担っていきます。最終的に面白さを作り出すのはAIではなくプランナーやディレクターといった「人」であることは不変ですが、その面白さを作り込む作業のうち、機械に任せても良いもの、機械に任せたほうが良くなるものについて、AIを用いた開発にシフトしていくことを目指しています。
なるほど、それを極めていけばさらに最高のコンテンツを作れると。
その通りです。これは、グローバルにコンテンツを提供していくうえで必要不可欠なプロセスです。そのために、開発中のデータやデバッグ中のデータからAIが自動的に学習し、開発者へフィードバックを返すようなサイクルを作り上げていきたいと考えています。そうすることで、AIにできることはAIに任せ、作り手は面白さの追求のために時間と労力を割ける、という環境が実現すると期待しています。
他の企業研究所と異なるCygames Researchの特徴は何でしょうか?
リサーチャーに課している役割と、それを果たすための仕組みです。一般的に、リサーチャー(研究者)と呼ばれる人たちは研究と論文執筆に注力しているイメージがあると思いますが、Cygames Researchでは「論文を書く」「実装する」「特許を取る」という3つの力を基本スキルとして定義しています。
この基本スキルを習得するために、「各所と連携する仕組み」を研究所として作っています。論文であれば外部の大学や研究機関と、実装であれば社内のエンジニアと、特許であれば法務・知財チームと、といったように、さまざまな連携を取ることが可能です。
例えば、私たちはカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)と提携しているので、彼らとの共同研究を進めたり、UCSDを介して米国の有力企業に協力を仰いだりすることも可能です。また、欧米地域の情報調査に関して、慶應義塾大学やドイツのライプツィヒ大学、ハレ大学と連携しているので、精度の高い調査を世界規模で実施できます。こうした仕組みは他研究所にはないCygames Researchならではの利点だと思います。
最後に、Cygames Researchの今後の展望を教えてください。
Cygames Researchを世界一の研究所にすることです。世界一の研究所とは「世界一の研究者が一番多く集まる研究所」ということです。Cygames Researchとして1人でも多くトップカンファレンスに論文を通せる人材を育てるとともに、一緒に世界一を目指せる仲間を求めています。
そうして1つでも多くの技術を研究・開発し、ゲーム作りに貢献した先にいるのがユーザーのみなさんです。研究の成果を「面白い」「気軽にゲームをはじめられた」といったポジティブな価値に繋げていくことで、一歩ずつCygames Researchを世界一に近づけていきたいですね。