Cygames Research研究日誌 #5 ~変化に柔軟に適応していく力と国際共同研究~
サイマガ読者のみなさま、こんにちは。Cygames Research所長の倉林 修一です。Cygames Researchとは、最高のコンテンツを生み出すためにサイゲームスが設立した基礎技術研究所で、この連載記事では、当研究所での研究成果や活動をご紹介しています。
前回の連載第4回では、ゲーム企業が学術的な国際会議で発表する意義について、お話しさせていただきました。国際会議におけるさまざまな研究者とのディスカッションが技術の体系化と普遍化を促し、技術研究への投資効果をより大きなものにするというイメージを掴んでいただけたでしょうか。毎回、記事の出だしの部分では、柔らかくなるように心がけているものの、後半は硬派な話になってしまっているような気がしますが、お付き合いいただければ幸いです。
ところで、10月になり、全国の大学も秋学期が始まったことと思います。前期はコロナ禍の第一波の真っ只中ということもあり、混乱と試行錯誤の中でオンライン講義を行ったような部分がありました。今月から秋学期の講義を始めた中で、まだ数回しか講義をしていませんが、講師と受講者の両方がオンライン講義にどのように向き合えば良いか、という感覚がようやく掴めてきた感じがします。
資料の提供の仕方、話の間の取り方、質問の仕方、チャットと音声の組み合わせ方、などなど、前学期と比べると、私を含めて参加者全員がオンラインに適した振る舞いを身に付け始めたのです。これは特筆するような劇的な変化ではなく、ともすれば気付かないほど小さく静かな変化ではありました。しかし、私たちが持つ、環境の変化に柔軟に適応していく力を見せつけてくれるものでした。コロナ禍ではさまざまな困難があれども、私たちはこの新しい生活環境に適応して、その中でより良い価値を生み出すことができるのだ、と実感できたように思います。読者のみなさまにも、学校や職場の良い変化にお気付きになっている方がいらっしゃるのではないでしょうか。
今回は、この「変化に柔軟に適応していく力」をキーワードに、前回の研究日誌では深掘りできなかった、スウェーデンのSkövde大学との共同研究について紹介させていただければ幸いです。
ゲーム技術研究が活発な
ヨーロッパの大学
Skövde大学の正式な英語名称は “The University of Skövde” で、スウェーデン西部のSkövde市にある公立大学です。なお、スウェーデン語では “The University of Skövde” を “Högskolan i Skövde” と表記するため、大学の略称は “HIS” となっており、Webサイトのアドレスも、https://www.his.se です。
コンピューター・ゲーム・デザインに関する専門の学部・大学院を持つことで有名で、数多くのゲーム企業と連携していることが特色の1つになっています。この “Skövde” の発音はちょっと難しいのですが、無理やりカタカナにすると、シェブデ、とか、フェブデ、という発音に聞こえました。この発音には結構個人差があり、発音する人によってシェブデ寄りの発音だったり、フェブデ寄りの発音だったりするので、私も強い確信が持ててはおりません。日本語の発音体系に慣れきった私からすると、この、シェとフェの発音を比較的近い音として扱う感覚が、直感的にはわかりにくいのですが、どうもシェとフェの発音は、スウェーデン語では近い音のようです。ひとまずこの記事では、日本の読者のみなさまにも読みやすい形式として「シェブデ大学」と表記させてください。
さて、Cygames Researchでは2020年の1月末から約1か月半、シェブデ大学から2名の留学生を社内に受け入れ、シェブデ大学と当社との共同プログラムとしてゲーム開発の教育・研究プログラムを運用しました。プログラムに参加する学生さんには、グループワークとして学生同士で作業を分担したり相談したりしながら、自分たちで企画した1つのゲームを作り上げる、というミッションが与えられます。そして、このゲーム開発の過程で学ぶことが、シェブデ大学の卒業論文の一部として認定されるというものです。
一般的には、このような形式での技術教育を、プロジェクト・ベースド・ラーニング(PBL)と呼びますが、当社で実施したゲーム教育・研究プログラムは、既存のPBLとは一味も二味も異なる仕掛けがあります。その仕掛けは、留学生、スウェーデンの大学側の教員、そして、日本の企業側の研究者の三者が、Slackというチャットサービスで常に緊密に連絡を取り合いながら、実際のゲーム開発の現場で使われる実践的な技術や考え方だけでなく、その背後にあるアカデミックな理論も同時に学生さんにレクチャーしていくというものです(図1)。さらに、大学側教員と企業側スタッフとのコミュニケーションの仕方を見ることで、学生諸君が異文化の差を乗り越えていく姿勢も身につけることができます。
実践教育を企業側に任せきりにするのではなく、大学側も企業における教育的インターンシップに深くコミットし、卒業要件の単位として認定するという点において、従来の産学連携とは一線を画するプログラムになっているのではないかと思います。
このゲーム技術教育に関する仕組みをシェブデ大学の教授と共著の論文としてまとめ、前回ご紹介した国際会議「IEEE Conference on Games (CoG)」にて当社から発表することができました。大学だけで研究や教育をする、あるいは、企業だけで研究や教育をする、というかたちでは、どうしても理論か実践かのいずれかに偏りがちであり、理論と実践の両輪を回せる教育モデルが必要だ、という発表は企業と大学のいずれの研究者にとっても興味深い知見をご提供できたのではないか、と思います。
- Yukiko Sato, Hiroki Hanaoka, Henrik Engström and Shuichi Kurabayashi, 2020, “An Education Model for Game Development by A Swedish-Japanese Industry-Academia Alliance,” In Proceedings of the 2020 IEEE Conference on Games (CoG), 8 pages, IEEE, Online. (Presentation Video).
留学生のお二人の最終的な成果物としては、連載第1回でもご紹介した、当社独自のバーチャルパッド技術であるKineticsを用いて、モバイル用対戦格闘ゲームを開発し、社内でデモをすることができました(図2)。日本のゲーム企業が内製した技術を使って卒論を書いた、というレアな体験は、必ず留学生のお二人の将来に役立つものと思います。実際に複雑なコマンドを素早く入力して対戦できるゲームを実装できたことは、シェブデ大学の先生も感心されていたそうです。学生諸君は帰国後にこの成果を卒業論文にまとめ、無事に卒業できたとの連絡をいただき、私たちも大変うれしく思いました。
留学生受け入れを通じた
“内なるグローバル化”
この産学連携教育プログラムからは、当社にとっても数多くの学びがありました。
まず、シェブデ大学は専門のゲーム開発教育を行っているだけあって、留学生のお二人はUnityなどのゲームエンジンを使いこなし、すぐにプロトタイプを開発できたことには、私たちもとても感心しました。シェブデ大学の教育カリキュラムの知見は、当社の技術研修にも活かせる部分がありそうです。
また、ヨーロッパの大学生が今どのような技術に注目し、情熱を持って学んでいるのか、という知見は、先端的な技術の方向性を見極める上で大変参考になりました。特に、スウェーデン、フィンランド、イギリス、フランスにおけるゲーム開発の分業体制や、卒業論文プロジェクトの考え方など、実際に学生の立場から見た印象を伺うことができたことは大変有意義だったと感じています。
このように、数多くの知見を得ることができましたが、その中でもとりわけ、私たちにとって最も重要な学びは、「変化に柔軟に適応していく力」だったと思います。留学生諸君は、初めて訪れる異国の地で、初めての企業内での技術研究で、見ず知らずの同僚達と連携しながら、1か月半という短期間で成果を出さなければなりません。まさに嵐のような変化の中で、結果を出すことが求められるのです。それに加えて今年は、コロナ禍の影響で当初の留学期間を半月ほど早く切り上げるという緊急対応もあり、学生諸君にとっても企業にとっても未知で急激な変化を経験することになりました。
そのような予測のつかない変化の中で、ゲーム開発の結果を出すことができたのは、学生・大学・企業の三者がオンラインで密にコミュニケーションを取る仕組みを通じて、文化や習慣の違い、価値観の違いをお互いに受け入れていくことができたからではないか、と思うのです。コロナ禍が始まる前から、オンラインのビデオ会議とチャット会議を駆使して、シェブデ大学の先生方からのサポートや、企業からのサポートを提供する仕組みを構築できていたことが功を奏したのは事実ですが、何よりも大切だったのは、学生諸君が変化に柔軟に対応しようと努力し続けたことでした。
また、企業側も留学生受け入れという変化に柔軟に対応し、社内のグローバル化を促進することができました。我が国の産業にとってグローバル化は喫緊の課題ではありますが、働く人たちがみなこぞって外国に行ってグローバルなスキルを身に付けるというのは現実的ではありません。異なる文化、異なる価値観、異なる技術を社内にもたらしてくれる留学生は、組織を内側からグローバル化していく貴重な存在です。社内での研究会議を英語で実施したり、日常的な相談も英語で行えるようになったりなど、留学生を快く迎えるための変化は、組織に新しい力と新しい視点をもたらしてくれました。
産学連携やグローバルな連携というのは、単に英語ができるとか国際会議で発表できるとか、そういう表層的なものではありません。お互いを尊重しながら、変化を受け入れ、より良い価値を生み出そうと一緒に試行錯誤(イテレーション)の苦労と喜びを共有することこそが、真のグローバル化なのだと実感しました。
大学は研究や教育を目的とした組織であり、当研究所は最高のコンテンツを世界にお届けすることを目的とした組織であるため、ゴールは大きく異なります。しかしながら、教育も最高のコンテンツも、それを生み出すためには「人」、そして、「人と人とのコラボレーション」が必要不可欠です。その意味において、諸大学との連携の中で当社の人材が大きく育成されれば、最終的にはその成果を「コンテンツ」としてユーザーのみなさまにお届けできると、私は信じています。Cygames Researchは、世界中のパートナーとのコラボレーションを通じて、今後も新たな変化を生み出したり、あるいは、世界の変化に適応したりしながら、最高の技術をコンテンツ開発に提供してまいります。
さて、IEEE CoGでは3件の論文を発表したのですが、今回は、そのうちの1件をご紹介しました。残り2件は、機会があればご紹介させていただければ幸いです。留学生受け入れと内なるグローバル化の様子が垣間見えたのではないでしょうか。次回は、Cygames Researchにおける最先端のAI研究についてお話ししたいと思います。お楽しみに。