マンガ『明日、私は誰かのカノジョ』(明日カノ)の作り方 作者と編集者たちの制作環境

マンガ配信サービス「サイコミ」で連載され、ドラマ化も果たした人気作『明日、私は誰かのカノジョ(以下、明日カノ)』が、とうとう最終章に突入しました。今回は、『明日カノ』の作者・をのひなお先生と担当編集にインタビューを実施。最終章の見どころはもちろん、連載開始のきっかけ、『明日カノ』はどんな環境で制作されているのか、サイコミで連載を持つマンガ家・編集者になるにはなど、『明日カノ』の作り方をさまざまな角度から語っていただきました。

作者をのひなお
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2019年5月3日にサイコミで連載を開始した『明日、私は誰かのカノジョ』でマンガ家デビュー。同作品は単行本紙・電子書籍の累計発行部数400万部を突破し、2022年4月にドラマ化。サイコミでは毎話更新日に37万アクセスを記録するヒット作となった。
漫画事業部 編集者担当編集
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2018年からサイゲームスの漫画事業部に合流し、「サイコミ」の副編集長と編集者を兼任。『明日、私は誰かのカノジョ』をはじめとした複数の作品を担当し、連載打ち合わせ、取材、マンガ家マネジメント、単行本制作、新人編集者の教育を行っている。

「本当に連載になるの?」
デビュー前からサイコミ連載が始まるまで

まずは、をの先生がデビューするまでの話を聞かせてください。どんなかたちでマンガに携わっていらっしゃいましたか?

をの 普通に働きつつ、大人になってから5年ほど趣味で同人誌を描いていました。あくまで趣味だったので、新人賞に応募したり、出版社に持ち込んだりなどはしたことがないです。

お二人は同人誌即売会で出会ったと、をの先生のTwitterで拝見しました。

をの はい。2018年の同人誌の即売会で、私が担当さんを即売会のスタッフだと勘違いして話し掛けたのがきっかけでした。そのときに作品を見ていただいて、後日メールを送ってくださったんですよね。あのときはどういう気持ちで作品を読んでたんですか?

担当 そのときから「このマンガ家はヒット作を生めるぞ」と思ってましたね。

をの 最初から確信を持ってたんですね。

その後はどのように打ち合わせを重ねて連載開始へ進んだのでしょうか。

をの 3回くらいの打ち合わせで……割ととんとん拍子で連載することになりました。あのスピード感は他のマンガ家さんと比べても速い方なんですか?

担当 速いですね。

ものすごいスピードですね。をの先生はデビュー作ということで、連載が決まった当時に不安や悩みはありましたか?

をの 打ち合せの段階から、「本当にマンガが仕事になるのかな?」と半信半疑でしたし、「どうせ連載するのは難しいだろうし、そもそもネームが通るかもわからないから期待せずに……」みたいな感じでいました(笑)。

担当 ずっとそう言ってましたよね(笑)。

をの 自分のマンガに対しても自信がないし、持ち込みをしたことも、プロのマンガ家や編集者に見てもらったこともないので……。自分で一から描いていたものが果たして世に通用するのかということも全くわからなかったんですけど、担当さんが自信を持って「いや、これはいける」と言ってくれて、その通り順調に進んでいって、「本当に連載決まっちゃった……」という思いでした。全然現実味がなかったです。

しかも、担当さんは最初から「実写化を狙っていきます」って打ち合せで言っていたんですよ。初連載なのに、いきなり実写化って「な、な、何を言ってんの?」って。すごい夢が大きいなと思ってました。

担当さんは最初からドラマ化まで見据えていたんですね。サイコミでは新人のマンガ家さんと連載を立ち上げるときに工夫していることはありますか?

担当 そうですね……サイコミは新人のマンガ家さんとのお仕事が基本です。ただ、新人でも売れっ子でもやることはみんな一緒といいますか。マンガ家さんの発掘ややり取りの仕方、進め方は編集者個人の裁量によるところが大きく、あんまり比べることもないですし、決まったやり方があるわけではありません。

私も、をのさんだからと特別にやったことはなく、打ち合わせをして、進捗を確認して、といったように淡々と進めていきました。

をの 担当さんのやり方は、ちゃんと目標を設定して、それに向かってこなしていく、みたいな感じなんじゃないですか。私のときはそうでしたよね。

担当 それもマンガ家さんに合わせて変えてます。『明日カノ』の場合は、企画書を作っている段階で「これはもう映像化できるな」っていう確信があったから、そういう目標を立てて企画書に書いたわけで。

をの 1話を見た段階でですか?

担当 うん。

をの へぇ……すごい。

ちなみに1話については、お二方で一緒に作っていったのでしょうか?

をの いえ、今は結構2人でアイディアを出し合って作っているんですが、1話はほとんど私に任せてもらって、自由に描かせてもらいました。1点だけ、「主人公の弱みがなさすぎるから顔に痣を入れたほうが良い」というご指摘をいただいて直しました。そこぐらいですかね、最初に直したのは。

担当 基本的には、をのさんの思うがままに描いていただきました。

サイゲームスのネーム室で出来上がる
『明日カノ』の作り方

それでは実際に『明日カノ』がどんな流れで作られているのかをお聞きしていきます。打ち合わせはいつもどのようにして行っていますか?

担当 私の担当のマンガ家さんには、基本的にサイゲームスに来ていただいて打ち合わせをしています。今日も、をのさんを合わせると3人来てくださっていますね。

をの 3人打ち合わせのために呼び寄せられて……。

担当 ちょっと、言い方言い方。

をの ああ。打ち合わせのために呼びつけられて……。

担当 いやちょっと、悪化してる(笑)。

をの (笑)。

担当 基本的には打ち合わせに来てもらって、その日のうちにネームを会社で切ってもらってます。マンガ家さんって、基本的に家で作業される方が多いと思うんですが、家で作業すると色々と誘惑が多いじゃないですか。それで作業が遅々として進まないということが多いんですね。それで色々と考えた結果、私が導き出した最適解が「会社に来てもらって、打ち合わせをしてその日のうちにネームを切ってもらう」でした。

▲打ち合わせが行われるサイコミの図書室。参考資料となるマンガが集められています

1週間のうち1日で打ち合わせとネームが終わり、残りの4~5日で原稿を作ってもらうと、1日は絶対に休めます。こうすればマンガ家さんも健康で文化的な生活ができますよね。

をの 会社に来てもらう打ち合わせ方法は担当さんのやり方なんですよね。他の編集者はどんな感じなんですか?

担当 私の担当しているマンガ家さんは多少遠い方でも関東圏内なら週一で来ていただいてますが、サイコミの中には遠方のマンガ家さんを担当している編集者もいるので、その場合はリモートで打ち合わせを進めています。コロナ禍という情勢なので、もちろん打ち合わせの形式も対面だけではなく相談しつつです。

では、をの先生も週一で必ず打ち合わせに通っているんですね。をの先生の大まかな週間スケジュールを教えてください。

をの 金曜日の『明日カノ』更新に向けて、その前週の月曜午前中に原稿を納品したいという目標でやっています。まず、公開3週間前の木曜か金曜に打ち合わせをして、その日のうちにネームを切ります。月曜に1日かけてアシスタントさんへ背景の発注作業を行い、火曜から金曜までは自分の作画作業です。土日は本当は遊びたいんですけど、大体作業が食い込んだり、取材に行ったり調べものをしたりして、なんだかんだ半日遊べたり一日遊べたりですね。作業を終えて、月曜午前中に納品して作業完了という感じです。これを繰り返しています。

ありがとうございます。どのような作業環境でマンガを描かれていますか?

をの まず場所は、家で描くこともありますし、サイゲームスの社内にネーム室というネームができる部屋があるので、そこで作業するのが結局一番はかどります。家だと原稿ができなくて……ほとんど毎日ネーム室を借りて作画をしています。

ネーム室は静かでパーテーションで区切られていて、図書室の学習室のような雰囲気ですかね。ネームや原稿を描き終えたらすぐに担当さんを呼んで見てもらえたり、わからないことがあったら声を掛けて擦り合わせできたりと、便利です。

ソフト面でいうと、私は小さめの液晶ペンタブレットとデジタルソフトを使ってマンガを描いています。画面が小さめのほうがやりやすいですし、持ち運びもしやすいです。体制面については、基本的には自分一人と、リモートで対応してくれるアシスタントさん1人で作成しています。

ほとんど毎日サイゲームスにいらっしゃって作業をされているんですね。では、基本的にはお昼に作業をしているということでしょうか。

をの そうですね。いつも大体朝の8時くらいに起きて、10時くらいから描き始めて、集中力があるときは結構ガッと描いちゃうんですけど、ないときは結構だらだらしつつ……19~20時くらいまで作業しますね。家で作業するときは夕ご飯を食べた後、日付が変わるくらいまで描いているということもあったりします。ただ、平日には歯医者に行ったり美容室に行ったりと中断して用事を済ませることもあるので、ずーっと描いているというわけではないですね。

そのルーティーンは連載当初から確立されていたのでしょうか?連載を続ける中で、変えた部分や変わらない部分があれば教えてください。

をの 最初はこんなに来てなかったんですが、家で作業をしていたら原稿を落としそうになったりするので……作画作業も含めて毎日来ています。

担当 だからもう、をのさんはネーム室の主(ぬし)のような存在です。

▲ネーム室を使用する際にはホワイトボードに名前を書きます。撮影当日も、をの先生の名前がありました

をの 集中してできる環境が整っているのはありがたいです。他の編集部ではあまりそういうのがないと伺ったのですが、私みたいに外でしか作業できないタイプのマンガ家さんは結構いらっしゃると思うんですよね。そういうマンガ家さんにはおすすめの環境です。

担当 ネーム室は、昔は私の担当しているマンガ家さんばかりでしたけど、最近は同様に使っているマンガ家さんが増えてきましたね。

をの 元々は3部屋でしたけど、この3年のうちに外に拡張して6部屋くらいになっていますもんね。これからも引き続きネーム室を使わせていただきたいです。

アウトプットについてお聞きできたので、次はインプットについてお聞きします。取材はお二方で行くことが多いですか?

をの 行けるときはなるべく2人で行っています。私1人で行って、結局後から「どうだった?」「これこれこうで……」って口頭で共有するよりは、一緒に行った方が齟齬がないですし。

これまでどんな取材に行きましたか?印象深かった取材などを教えてください。

をの いろんなところでお話しているホストクラブに行った取材以外だと……歌い手さんのライブに行ったことですかね。何回かライブにお邪魔して見させていただいたときに、私自身があまりライブに行ったことがなかったので、本当にアイドルみたいだなと衝撃を受けました。私はマンガのキャラが好きだったことはあるんですが、三次元の人間を追ったことはなかったので。

担当 なんだろう、最近だと……占い?

をの 占い!行きました行きました。忘れてましたけど占いも印象的でしたね。

▲第6章の主人公・菜々美が初めて占いに訪れるシーン

会話の中でふわっと「白猫が見える……」って、白猫が幸福をもたらすみたいなことを言われました。今のところは白猫から幸福をもたらされた実感はないですが……。

担当 でも、ホスト編でハルヒが歌ってたカラオケに「君は白猫」っていう歌詞がありましたよね。

▲ホスト編で別の客にハルヒを取られ激怒する優愛。ちなみに、カラオケの曲の作詞は担当編集

をの あっ……。

担当 そういうこと……?

をの ああ……うーん……。

担当 (笑)。『明日カノ』は章ごとにテーマも変わりますし、割と頻繁に取材に行くので、どれが印象的だったかと聞かれると悩みますね。毎回取材は空気感も含めて、マンガの中に直結して反映されていると思います。鶯谷の吉原だったり、スナックだったり、江の島の海とか。

をの 他の作品と比べて取材は多いですか?

担当 リアルをベースにした作品ですし、取材しないとわからない部分も多いので、『明日カノ』は特に取材が多いといえますね。

マンガ家・編集者になるには?
大事なのは好奇心と行動力

担当さんは「実写化が夢」だったそうですが、『明日カノ』でその夢が叶ったかと思います。次の夢や目標はありますか?

担当 自分の作品はアニメ化していないのでアニメ化してみたいとは思うんですが、いかんせん今自分の担当している作品がアニメ化向けではないので、難しいだろうなと思っています。おかげさまで『明日カノ』でサイコミのトップは取れたので、次はもっと面白い作品を作りたいなと。あとは、私個人としては楽しくできたらいいなと思っています。

メディアミックス化は、人気マンガにおける重要な要素なのでしょうか?

担当 最近はメディアミックス化すれば必ず作品が売れるというわけでもないので、重要ではないと思います。

サイコミの編集者に求められるものは何か、教えてください。

担当 好奇心と行動力です。自分の担当している作品はあまりマンガやアニメ、ゲームファン向けのコンテンツではないですし、サイコミでも作品のジャンルや雰囲気は特にこれでないといけないということはありません。好奇心があってインプットをたくさんしていて、ちゃんとアウトプットできる人が一番良いですね。

をの 好奇心が大事というのはマンガ家も一緒ですね。「アウトプットできる」というのは、実は難しいことなんじゃないかと思います。

担当 そうですね……サイコミの編集者には、面白いマンガを作るためにはどんなことができるか、可能性を常に考えて行動に移せる人が向いていると考えてます。

をの先生にお聞きします。マンガ家志望の方に向けて、新人でも連載を続けられた秘訣はなんだと思われますか?

をの 目標を立てて一つずつクリアしていくと続けられるのかなと思いました。『明日カノ』は、最初は「打ち切りにならない」から目標を立てて、アプリ内でトップ10→トップ5→トップ3に入る、単行本が出たら「まずは10万部」「次は100万部」と目標を設定していきました。1つクリアするごとに達成感を味わうことが大事かなと。

それは、をの先生が自分で立てていった目標なのでしょうか?

をの 私自身が望んだ目標もあるんですが、打ち合わせのときに担当さんと「じゃあ次は書籍化だね」「どのくらい発行部数行くのかな」「10万部くらい行ったらいいな」と話をして、それを自分の中で目標にしていった感じですね。

マンガ家として、ご自身が一番大事にされていることはなんでしょうか?また、マンガ家にとって大事なことは何だと思いますか?

をの 独りよがりにならないように、自分の作品を客観的に見ることは意識しています。私はマンガ家には経験が必要だと思うので、編集者と同じく好奇心と行動力は大事だと思いますね。マンガなら嫌な経験も活かせますし、どんなことでもまず経験してみたいという意欲があれば、面白い作品が描けると思います。

▲漫画編集部内には雪、優愛のパネルが。をの先生のサイン入りです

サイコミで連載するためには、どのような方法がありますか?

担当 サイコミが開催している新人賞を取ることと、イベントの出張編集部に持ち込むというのが現実的な方法ですかね。同人誌即売会にはなるべくサイコミの編集者が出張するようにしているので、例えば「スタッフさんですか?」って声を掛けるとか(笑)。

をの それは私がやった間違いのやつ(笑)。

今後、どんな作品・マンガ家と出会いたいですか?また、マンガ家さんがどうなっているとうれしいでしょうか?

担当 リアルな作風のマンガはだいぶインプットできているのでまた作れると思いますが、次は少年マンガを作りたいなと思っています。名が知られていない新人のマンガ家がヒット作を出して、テレビに出たりして喜んでいる様子を見られたらうれしいですね。

視点は再び1章の主人公である雪へ
最終章と今後の活動について

ズバリ、『明日カノ』の最終章はどのような話になっていますか?

をの 今まで、リアルタイムで現実世界とリンクした物語が進行してきました。最終章のプロローグを読んでいただければわかるんですが、最終章は2年前の話に戻ってのスタートになります。これまでのキャラクターも出てきますし、各章の物語が進んでいたとき、今回の主人公・雪が何をしていたのかが描かれます。あとは、コロナ禍直前の話からスタートして当時の世情を描くつもりなので、自分がそのときに何をしていたのかにも思いを馳せていただけると思います。

担当 いろんな楽しみ方ができる最終章になると思います。まだ固まりきっていない部分はありますが、物語のラストも既に構想しています。

最終章については、いつ頃から考え始めたのでしょうか?

をの ホスト編の後くらいには最終章に行こうかと思っていたんですが、まだもう少し描けるな、と思っていたら長くなっていきました。ただ、雪が主軸のお話の伏線も置き去りにしたままなので、さすがにここで畳まないと物語として美しくないなと思い、今回を最終章に設定しました。元々『明日カノ』は長く描くお話ではないなという気持ちで作っていたので。

担当 うんうん。……いやでも、今からでも100巻目指して作っても良いんですよ。

をの いや無理ですよ!(笑)

をの先生は、連載が終わったらやりたいことはありますか?

をの 最終章前に少しリフレッシュ期間をいただいたので、終わったらということではあまり考えてないですが……旅行には行きたいですね。

差し支えなければ、『明日カノ』の連載が終わった後の活動について教えていただけますか?

をの 『明日カノ』のアナザーストーリーや、全く別物だったとしても、ぜひこれからもサイコミさんで描き続けていきたいと思っているので、末永くよろしくお願いします……!

をの先生のファンにとって朗報になりましたね。既に次回作の構想はあるんでしょうか?

をの 『明日カノ』を描いているときにふと「あ、これが描きたい!これ次回作にしよう!」って思いつくことはあるんですが、目の前の原稿に追われているうちに、熱が冷めてしまうということを繰り返しています(笑)。確信できるものはまだないんですけど、アイディアを集めているところです。

それでは最後に、読者の方へ向けてメッセージをお願いします。最終章の注目してほしいポイントはどこでしょうか。

担当 過去に登場していたキャラクターが再登場するなど、最終章にふさわしい内容になっているので、楽しみにしていただけたらと思います。

をの そうですね……。読者のみなさんはいつもいろんなところをくまなく見てくださっているので、今まで通り楽しんでいただければと思います!


以上、をの先生と担当編集のインタビューをお届けしました。最終章に突入した『明日カノ』。最後までどうぞお楽しみに!

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